6-2.続・公女の行方②
ソファに運ばれたシュッツェは、いまだ放心状態だ。
アインは顔を真っ赤にし、ハンカチに顔を埋めていた。
「お前──」と、シュッツェから唸り声。
ようやく、息を吹き返したらしい。
「今さら出てきやがって。何で、今まで連絡しなかった!?」
「ごめんなさい!」
放たれた怒号に、レーヴェは頭を抱えた。
「お前が死んだって聞いて、俺がどれだけ苦しんだと思ってんだ!?」
堰を切ったように、恨みつらみが止まらない。
「落ち着いて」と、アインがたしなめる。
「妹を怖がらせてんじゃねーよ」
アウルも腕を組み、口を尖らせた。
「どれだけ心配させりゃ、気が済むんだよ。……バカたれ」
大きなため息とともに、シュッツェは額に手を当てる。
「……皆さん。本当に申し訳ありません」
レーヴェは立ち上がると、一人一人の顔を見た。
「謝って済む問題ではないと、わかっています。でも、本当に申し訳ありませんでした!」
頭を深く下げると、こぼれた涙が落ちる。
「気にしない!」と、声を上げたのはディア。
「あなたは悪くない。誰もあなたを責めない。ほら、顔を上げて」
レーヴェに歩み寄ると、両肩に手を置いた。
「泣かないでください」と頷くも、アインは涙声だ。
泣くなと言われると、泣いてしまうのが人間の性。
背が跳ねるほど、レーヴェはむせび泣いた。
「……もう怒らないよ。昔みたいに、ぶったりしない」
目を合わせず、シュッツェは呟く。
「生きててよかった。おかえり」
ためらいがちに妹を抱きしめ、かすかに笑った。
昂った感情が、収まった頃──。
「もう大丈夫」と、レーヴェは頷いた。
「感傷に浸るのは終わりにしよう。で、何があったんだ?」
「私は軟禁中に、ある人物と接触しました。そこから話が始まります」
記憶を手繰り寄せるように、レーヴェは腫れた目を閉じた。
※
雷鳴が轟き、暗い室内を一瞬だけ照らした。
大雨が窓を叩き、木々が激しく揺れている。
この雨音では、とても眠れそうにない。
シャワー上がりの髪を拭きつつ、レーヴェは寝室へ。
暖炉に背を向けていたが、違和感を覚えたらしい。不意に手が止まる。
振り返った瞬間、何者かの手が飛びついた。
声を発するよりも早く、口を塞がれベッドに押し倒される。
もがいても、非力な女には何もできない。
「暴れるな」
しわがれた男の声に、レーヴェは固まった。
目の前には、フードを被った男。マフラーで顔は見えない。
「お前を助けに来た。いいか、これから手を離す。大声を出せば、俺は逃げる」
いいな? そう言って、手が離れた。
体を起こしたレーヴェは、男を睨みつけた。
「……誰なの?」
「『協力者』と言っておこう」
「どうして、助けてくれるの?」
震える問いに、男は黙る。
「クローネに恩がある」
今話すことじゃない。と先手を打たれ、レーヴェは口ごもる。
「……監視が大勢いるのに、どうやって入ったの?」
「俺は潜入のプロだ」と、男は一歩踏み出す。
大声こそ上げなかったが、レーヴェは身を捩り後退した。
「ここから逃げたいか?」
「え?」
レーヴェは刮目し、息を止めた。
「……私は」
簒奪により夢は絶たれ、未来は閉ざされた。
思い出が詰まった城に閉じ込められ、今は死を待つ運命。
諦めかけていた『生』が、目の前にぶら下がっている。
レーヴェには、手を伸ばさない理由はない。
「逃げたい。死にたくない」
「いいだろう」と、男が笑う。
「ただし、一週間待て」
「一週間? そんなに──」
待てない。というレーヴェの呟きを、男は遮る。
「時間が必要だ。そもそも心配はいらない。お前は殺されないだろう。お前みたいな女、欲しがる連中はごまんといる」
「……気持ちの悪いことを言わないで」
眉間にしわを寄せ、レーヴェは目を逸らす。しばらくして、ため息を吐いた。
「わかった。大人しく待つ」
「いい判断だ。早速、下準備といこうか」
男は、懐から一枚の紙を取り出した。
「救出を頼む手紙と、計画書を書け。こいつが叩き台だ」
「これは──」
受け取った紙に、レーヴェは目を丸くする。
『IMO。輸送車を強奪。暖炉に隠れる』
走り書きされた言葉に驚くと、男を見上げた。
「時間がない。早くしろ」
ここで喚いても無駄だろうと、レーヴェはドレッサーに向かう。
平静を装ってはいたが、文字はひどく乱れていた。
依頼文と計画書を書き上げ、男に渡す。
「いいぜ、完璧だ。じゃあ俺は帰る」
「え、ちょっと待って……!」
踵を返した男を、レーヴェは呼び止めた。
「どこから出るつもりなの?」
「そりゃ、入ってきたところからさ」
男は笑うと、大胆にも扉を開ける。
「うそっ……」と、レーヴェは小さく叫んだ。
無論、不安と恐怖が襲う。しかし、監視が来ることはなかった。




