6-1.続・公女の行方①
話は過去──亡命の日に遡る。
レーヴェは死体で発見され、ビエール側は死亡と断定。
その日で、捜索は打ち切りとなった。
しかし、物語には続きがあった。
帰還前に、ヴォルクには確かめたいことがあったのだ。
獣化したヴォルクは、トウヒの森を駆ける。
強靭な四肢は、急斜面をものともしない。
沢に沿って走り続け、二時間ほどで目的地へ。
クローネ公国とアストラ王国との間に位置する、辺境の地──竜人自治区だ。
パライ人。またの名を『竜の末裔』。
とはいえ、竜──ドラゴンは空想上の生き物に過ぎない。
正確には、トカゲの血を引く種族。
中立を重んじ、外界との過度な接触はしない。
畜産や農業で生計を立て、一生を自治区で過ごす者が多い。
「止まれ」と帯剣した男が、ヴォルクの前に立ち塞がった。
中世から抜け出したような、古めかしい武器と着衣。
騒ぎに気づいた住人たちが、何事かと顔を出す。容姿は人間と変わらない。
違う点を挙げるなら、大人も子供もプラチナブロンド。
さらに耳介がなく、中指と薬指と小指が長い。
「俺は獣人だ。敵意はない」
そう言って、ヴォルクはネックレスを外した。
ガウダ人は出生時に、種族と人種を刻んだドックタグを与えられる。
「ザミルザーニの『雪狼』だと?」
途端に、男の目元が険しくなった。
辺境の地で暮らしていようとも、世界情勢は知っているらしい。
当然ながら『ザミルザーニ』という言葉は、不穏を招く。
「俺は帝国のイヌじゃない。IMO隊員だ」
首を振り、ヴォルクは隊員手帳を示した。
「IMO? まさか──」
「公女からの手紙を拾ったらしいな? 話が聞きたい」
「……ついてこい」
ドッグタグを返し、男は踵を返した。
自治区内には、ログハウスが点在している。
人間の街並みとは違う、異世界感ある佇まいだ。
やがて、一際古いログハウスに行き着いた。
扉が開き、壮年の男が出迎える。褪せたプラチナブロンドは長命の証。
案内役と話したあと、男はヴォルクを見た。
「自治区長のラト・レイアーです。どうぞ、中へお入りください」
扉を大きく開け、ラトは微笑んだ。
「お邪魔します。……ん?」
入る途中で、ヴォルクは鼻をひくつかせた。
一枚板のテーブルを挟み、二人は座る。
妻らしき女が、ハーブティーを差し出した。
「驚かないんですね」と、ヴォルクは言う。
「いずれ来るだろうと、予想していましたから。……では、本題に入りましょう」
咳払いを一つすると、ラトは語り始めた。
「一週間前のことです。瓶を拾ったと、区内の子供たちが届けに来ました」
「イタズラだとは、思わなかったのですか?」
「もちろん、最初は信じられませんでした。しかし、現実味もある。無視するわけにはいきませんでした」
「他に変わったことは? 例えば、不審人物がいたとか」
「そのような報告はありません。こんな辺鄙な場所に、人は来ませんよ」
「……なるほど」と、ヴォルクは瞑目した。
少しだけ思案したあと、身を乗り出す。
「区長さん、俺にはお見通しです。……正直に答えてくれませんか?」
穏やかな声だが、黄色い目は瞬き一つしない。
「……やはり、人狼を騙せるわけないか」
肩を落とし、ラトは力なく笑う。
「あちらです」と、奥の扉を見た。
ヴォルクは、扉の前に立つ。開けることはせず、静かに語りかけた。
「香水の匂いがするよ。いるんでしょ?」
有名ブランドのオードトワレの匂いを、ヴォルクは覚えていた。
部屋に充満していた匂いが、服に移ったのだろう。
それがわずかな量だとしても、人狼なら識別できる。
「俺はIMO隊員だ。話を聞かせてほしい」
しばらくして、無言を貫いていた扉がゆっくりと開く。
そこには、うつむくレーヴェがいた。
※
もう一つの隠し事──公女の居場所を知っている。
という、ヴォルクの告白から一日。
「レーヴェ……」
歩み寄ろうとするも、シュッツェは膝から崩れ落ちた。
「兄さま!?」と、レーヴェが兄の肩を掴む。
感じ取ったのは、温もりと感触。幽霊ではないと、認識した瞬間──。
シュッツェの頬を、涙が伝う。そのまま、魂が抜け落ちたかのように動かない。
「とにかく、部屋に運ぼう」
呆れつつも、アウルは笑った。




