5-4.二人の客
襲撃から一夜明け、グロワール邸に朝がきた。
──こびりついた血が落ちない。
ため息を吐くと、シュッツェは掃除の手を止めた。
現場だけを見ると、襲撃された側だとは思えない。
そこら中に酸化した血痕。エントランスホールには死体袋が並び、黒服の男たち──『カラス』が運び出す。
『カラス』とは、諜報及び死体処理に長ける獣人の集団。
現在、証拠隠滅の真っ只中。IMOを表とするなら、こちらは裏の顔。
「手、止まってるぞ」と、アウルの声。
バケツとモップを両手に、二階から下りてきた。
惨劇の数時間後には、いびきをかいていた男だ。
胆力もとい図太さに、シュッツェは感銘を覚えた。
「シュッツェ、顔色悪いな」
「当たり前だ」とジェネロ。
「こんな惨たらしい光景、誰だってトラウマ確実だ。心的外傷後ストレス障害になったらどうする?」
語気を強め、珍しく憤慨した。
「アウル。君はまだ命を軽視している」
「……悪い」
痛いところを突かれまくったのか、アウルはうつむいた。
「正当化される殺人はない。と綺麗事はいくらでも言える。でも今は、そんな綺麗事は通用しない。割り切って進もう」
ただ。とジェネロは続けた。
「命の重さは忘れないようにね」
医師の言葉は金言だ。
「お疲れさま」と、エクレレが顔を出す。
背後にはヴォルクと、ハンチング帽を被った男を伴っている。
「こんにちは」と、男が脱帽した。
ウェーブがかった黒髪に黒目の青年。
「綺麗な目だなぁ」
シュッツェの目を覗き込み、男は笑う。舐めるような、ねちっこい視線だ。
「抉ったりしないでよ」
ヴォルクの言葉に、シュッツェはサッと身を引いた。
「ははっ。ヴォル坊は冗談が好きだなぁ」
「とにかく。ハエがたかる前に持っていって」
並んだ死体袋を一瞥し、ヴォルクは不機嫌そうだ。
「こちらは報酬です」
話が落ち着いたのを待って、エクレレが声をかけた。
「こんなに安くて、よろしいのですか?」
安いといっても封筒一枚ではない。エクレレの手にはアタッシュケース。
公族という立場も忘れ、シュッツェは苦笑した。
「お構いなく。ストレングスからぼったくる予定だし」
アタッシュケースを受け取ると、男はにんまりと笑う。
「俺は『ネロ』。また会おうな、シュッツェ君」
帽子を被り、ネロは踵を返した。馴れ馴れしく掴みどころのない男だ。
「今後とも、ご贔屓に」
返り血を浴びた家具や死体袋を載せた、トラックの列が発進した。
「顔色悪いね」
シュッツェを見るなり、ヴォルクは首をかしげた。
「人を殺して、眠れるわけがないだろ」
瞼を揉み、シュッツェは頭を振る。
「それに昨日の話。……本当なのか?」
「もちろん。少しは希望の光になるでしょ?」
ほら来たよ。とヴォルクは外を見た。
開け放たれたエントランスホールに、車のエンジン音が響く。
シュッツェは、無意識に喉を鳴らした。
眠れなかったもう一つの理由。グロワール邸に、新たな客人が訪れたのだ。
母屋の前に一台の車が停まった。すぐにドアが開く。
降車したのは、濃紺のコートを纏った女。マフラーで口元は見えない。
目深に被ったキャペリンからこぼれる、ダークブロンド。
不意に女が顔を上げた。シュッツェを見る、グリーンアゲートのような目。
大公妃──亡き母の生き写しが、そこにいた。
「レーヴェ……」
呼吸を忘れ、シュッツェはその名を呼んだ。
「……兄さま」
久しく聞いていなかった妹の声は、か細かった。




