5-1.常備不懈
「嘘だろ?」
静まり返った部屋に響く、シュッツェの声。
「なぁ、嘘なんだろ?」
ヴォルクに詰め寄り、両肩を掴む。
「嘘じゃない。シキは帰ってこない」
返ってきたのは、冷徹な言葉。
夜通し、ヴォルクは病院にいた。さながら、主人を待つ忠犬のように。
しかし、諦めざるを得なかった。
シキのコートを片手に、朝日とともに帰宅した。
「ユーリって奴と戦ったんだ。……負けて死んだか拉致された」
淡々と言うと、ヴォルクはソファに座った。
「……相手がユーリだったなら、厳しい戦いだったことだろう。けれど──」
鼻を赤くしたエクレレは、目を瞑る。
「シキが気象兵器だと知っていたのなら、利用するかもしれない。生きている可能性は十分にある。……最初から、シキが標的だったのかも」
「許せない」と、ジェネロが呟く。
「病院を釣り場にした挙句、火事を起こした。ユーリという男は、人の皮を被った悪魔だ」
感情を押し殺しているが、息が震えている。
自力で逃げられない数人の患者が、煙に巻かれ死亡したのだ。
ため息とともに、意気消沈の一同。気休めにと、ヴォルクが口を開く。
「……ただ、襲撃者に生き残りがいた。警察は、ザイデ人によるテロだと考えているみたい。だから、唯一の朗報だよ」
「つまり、レヒトシュタートは戦争を回避できた。ということか」
察したエクレレは、安堵の息を吐いた。
「いや、今は国の心配をしている場合じゃない。……どうする?」
「あいつはタフな男だ。絶対に帰ってくるさ」
アウルの能天気な発言に、ディアから苦言。
「楽観的に言わないで。極寒の国に移送されれば、脱出は不可能よ」
「じゃあ、どうしろってんだ!?」
何の前触れもなく、アウルが怒鳴る。
短気な性格だが、いつにも増して余裕がない。
「なら、今から武器担いで敵地に乗り込むか!?」
「そうやって、すぐ極端に考えるのはやめて!」
応酬は苛烈さを極めるも、アインやジェネロの仲裁により、どうにか収束。
「わりぃ」と、アウルは茶髪をかく。
しかし、最悪の雰囲気になったことは変わらない。
「仲間割れを起こしている場合じゃない。一度、冷静になろう」
諭すように、アインは言った。
「あぁ」と、ヴォルクが頷く。
「シキがいなくても、やるべきことは変わらない」
※
会議とは呼べない口論は終わり、あっという間に夜が訪れた。
誰も彼も口数少なく、普段の倍をかけて夕飯を食べた。
夜空には上弦の月。
星が低いと思えば、細かい雪だ。いよいよ、世界に冬が来る。
不安を押し殺し、シュッツェは雨戸を閉めた。
その際、預かったシキのコートが目に入る。
煙の臭いがついている、洗っておこう。そんなことを考えつつ、手に取った。
その時、内ポケットから隊員手帳が落ちた。衝撃で、挟んであった紙が散らばる。
ため息混じりに屈むも、シュッツェは手を止めた。
ひっくり返した紙は、全て写真だ。
最初に拾った写真は、仲間たちと笑うシキ。裏には一年前の日付。
二枚目は、シキと黒髪の青年が写った写真。
肩を組み、楽しそうに笑っている。
日付を見た瞬間、シュッツェはハッとした。
八年前──つまり、この青年が『ユーリ』。
写真のシキは黒髪。ということは決別前に撮ったもの。
他人の記憶を、盗み見てはいけない。
わかっていても、シュッツェは手を止められなかった。
最後の写真は、かなり擦り切れている。
写っていたのは、二人の男女と幼さが残るシキ。一目で家族写真だとわかる。
両親の死。友との決別。気象兵器への変化。
『普通』とはかけ離れた、壮絶な人生。
壊れ物を扱うように、シュッツェは写真を拾った。
しばらくして、部屋の灯りが落ちた──。




