4-4.白昼夢
そこには、青年しかいない。
際限なく広がる草原。草の海を風が滑り、さわさわと揺れる。
頭上には、穏やかな日差しが降り注ぐ。
見れば見るほど異様な世界。草原には白い東屋が一つ、不自然に佇んでいる。
「やっと会えたな」
しわがれた声に、青年は振り返った。
銀色の長髪に、銀色の髭の老人だ。
灰色のローブにT字杖。その姿は、おとぎ話に出てくる魔法使いのよう。
「私はアネモス・ドラコーン。人は私を『風の気象兵器』と呼ぶ」
「……そういうことか」
アネモスの言葉で、青年は全てを理解した。
青年は仇を討つ力を欲した。その際、養父から刀を託された。
母の形見である、東洋の刀を。
──力が欲しいなら、刀と話せ。
養父は、それだけしか言わなかった。
刀を持ったと同時に、青年は光の中へ。
気がつけば、知らない世界に入り込んでいた。
「ここに連れてきたのは、お前さんが私に相応しいかどうか見定めるため。ここは──」
もったいぶるように、アネモスは天を仰ぐ。
「私の精神世界。と言っておこう」
「精神世界……」
「そんなものは存在しない。とでも言いたそうだな?」
アネモスは、杖のグリップを突き付けた。
図星だったのか、青年は頷く。
「これは現実だ。この程度で驚いては、話にならん」
アネモスは笑うも、真面目な顔つきに戻る。
「本当に力が欲しいんだな? お前の怒りは、すぐに消えるかもしれんぞ?」
「怒りが消える? 絶対にあり得ない」
眼光鋭く、青年は即答した。
「覚悟はできている」
他に言葉はない。とでも言いたそうだ。
「……いいだろう。では──」
杖のグリップをさすり、アネモスは頷く。
「私は真のお前に根付く。……お前の本当の名は?」
青年の目が、ためらいがちに伏せられた。
しばらくして、固く結ばれた口が開く。
「俺は──」
※
「起きろ」
冷たい声に意識が掴まれる。随分と長い夢を見ていたらしい。
麻袋が勢いよく引き抜かれた。久しぶりの光に、シキは目を細める。
両手には分厚い手錠。腰に回され、びくともしない。
天を仰げばシャンデリア。左右にはステンドグラス。壇上には金の玉座。
どこかの城だ。とシキは判断した。
背後には、仮面を被ったユーリ。シキの首に合口拵を当てている。
しばらくして、両開きの扉が開いた。足音は、分厚い絨毯に吸い込まれる。
近づくのは逼迫しているような、苛立っているような気配。
シキの前に、二人の男が現れた。
一人は七・三分けのダークブロンドに、眼鏡をかけた男。
この男の髪色に、シキは見覚えがあった。
もう一人は、サイドを剃り落としたツーブロックの栗毛の男。
小柄だが体格が良い。
「グロム。この男が?」
栗毛の男──ヴィリーキィは、ユーリを見た。
「えぇ、想像と違いましたか?」
「華奢だな。厳つい男を想像していた」
屈むと、興味深そうに顎をさする。
「このガキ!」
眼鏡の男──リーベンスが拳を振り上げた。殴打の音が響く。
衝撃で唇が切れ、血が滲む。反撃できず、シキは正面を見た。
「な、なんだその目は!?」
人差し指を突き付け、リーベンスは後ずさる。
「いきなり殴るなんて、不躾だな」と、シキは笑う。
ウルトラマリンを思わせる目が、真っ赤に染まっていた。
「リーベンス殿、手荒な真似はお控え下さい」
たしなめるように、ユーリは言う。
──そうか、この男が。
シキの怒りが、最高潮に達した。
しかし、ピシャリと刃が当てられる。
ユーリが少しでも力を入れれば、首が落ちるだろう。
「この男を捕らえるため、三十名が犠牲になりました。感情のままにこの男を殺せば、あなたの首が飛びますよ?」
「殺すと言っただろう! なぜ生かしているんだ!?」
リーベンスの唇が、わなわなと震える。まるで、餌を欲しがる魚のようだ。
「この男には利用価値があります。あなたが思う以上にね」
「……もういい、勝手にしろ!」
鼻息荒く、リーベンスは退室した。
「この男は帝国へ送りますか?」
ユーリの言葉に、シキは焦りを覚えた。
帝国に連行されれば、逃亡は困難を極める。
「ハロードヌイ国境警備基地まで移送しろ。そこで謁見させる」
ヴィリーキィは護衛とともに去った。
「『雷』なんて、大層な名前だな」
二人になって、シキは笑う。
「もっと抵抗してみろ。リーベンスに噛みつけば、面白かっただろうに」
「どうせ撃たれるだろ。衝動的に人を殺しそうな男に、よく銃を持たせてるな」
「あの男は猜疑心の塊だ。身を守る物がないと落ち着かないらしい」
さて。とユーリは腰縄を引く。
「『ジョーカー』を取った時点で、俺の勝ちだ」
「ジョーカーって、俺のことか?」と、シキは失笑した。
「大富豪では強いけど、ババ抜きだったら負けるよ?」
「減らず口は変わらないな」
口角を上げ、ユーリは歩き出した。
エントランスホールを通り、二人は外へ。
眼下に広がる景色に、シキは瞠目した。
「クローネか……」
「シュッツェもすぐに帰れるさ。手足があるかは、わからないけどな」
ユーリは、シキを車へ押し込んだ。
「俺の仲間を見くびるなよ」
「仲間の死体を見たあとでも、強気な発言ができるといいな」
ユーリは再び、シキに麻袋を被せた。




