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4-1.肉薄①

『ご存知の通り、クローネ公国はビエール共和国から内政干渉を受けました。

 私と妹は粛清される運命でしたが、国際傭兵組織の協力によって、窮地を脱することができました。

 しかし、逃亡の最中に妹とはぐれ、現在も消息がわかっていません。

 妹を捜すと同時に、私には約三万五千人のクローネ国民を救う義務があります。

 そこで『クローネ亡命政府』の樹立を、宣言します。

 最後に、一連の騒動のきっかけとなったリーベンス・ヴェルテュヒ・シックザールには、大きな失望を抱いています』


 談話室で、シュッツェは数日前の新聞を見ていた。


「不安か?」

 キッチンから顔を出し、シキが紅茶を差し出す。


「もうちょっと、適切な言葉があったかなって」

 カップを両手で包み、シュッツェは頷いた。


「大丈夫。この声明文のおかげで、風向きが変わった」


 シキが提案した『亡命政府』。 

 個人として逃げ続けるのではなく、組織として大々的に活動する。

 そうなれば民意を煽動させるという、ビエールの策は弱体化する。

 さらに悲劇的な事実も相まって、同情者が出るだろう。


 声明文をいくつも書き上げ、あらゆる国の報道機関へ送った。

 各国はシュッツェを擁護する報道を流し、ビエールやザミルザーニを非難し始めた。

 

 さらにベネディクトの嘆願が効いたのか、女帝が動くことはなかった。

 ザイデがやったという、確実な証拠がなかったことも大きい。


「でも、大変なのはこれからだ」


「覚悟はできてる。やることをやるだけだ」

 シュッツェの目が、強い光を帯びる。

 頼りなかった公世子こうせいしは、すっかり精悍せいかんな顔つきになった。


「じゃ、行ってくるよ」

 上着を片手に、シキは談話室を出た。


 ヴォルクの怪我の治り具合を、医者に見せる日だ。

 誰が襲われるかもわからない今、怪我人は格好の標的。

 セアリアスだけでは心許ないと、付き添うこととなった。


「いってらっしゃい」

 動き出した車を、シュッツェは窓から見送った。



 ザフィーア市立病院の外科医は、カルテから顔を上げた。


「傷の経過は良好です」

 丸椅子に座る、ヴォルクに微笑ほほえむ。


「怪我の治りが早い。噂には聞いていましたが、さすがは獣人(ガウダ人)ですね」

 

 レヒトシュタート人である外科医が、ガウダ人を診察することは稀だ。

 ガウダ人は、人間に虐げられた過去を持つ。

 レヒトシュタートでは奴隷として扱われていた。

 結果。ガウダ人には心底嫌われ、現在も交流は皆無といっていい。


「ですが、傷も病も治りかけが重要。四肢がどれほど大事か、あなたならわかるでしょう?」


 人狼じんろうにとって、手足は第二の心臓だ。

 今回の件で骨身にしみたらしく、ヴォルクは素直に頷いた。


「前回の痛み止めを出しておきます。来週の診察次第で包帯を取りましょう」

 カレンダーに視線を移し、外科医はカルテに走り書きした。


「ありがとうございました」

 看護師の助けを借り、ヴォルクはコートを羽織る。


 待合室ではシキが待っている。寝癖を気にしながら、雑誌を読んでいた。


 午前ということもあり、院内は多くの人。

 車椅子の音に、咳き込む声。小児科からは子供の絶叫。

 暗殺未遂事件から日が経った病院は、日常を取り戻していた。


「お前が飛び出して行った時は、驚いたよ」

 雑誌を閉じ、シキは天を仰ぐ。


「人間には無関心だったんじゃないのか?」


「……じゃあ、見殺しにすればよかった?」

 ヴォルクはジト目で、シキを見た。 


「からかっただけだ。本気にするな」


「いい加減、俺に冗談は通じないって学習したら?」


「ほんと、つまんねーヤツ」

 目を閉じ、シキは苦笑した。


「ヴォルク・クルイーク様」と、受付の声。


 向かいのカフェにいる、セアリアスを呼びに行こう。

 そう思い、シキはコートに手を伸ばす。


「火事だ!」と、二階から叫び声。

 階段を駆け下りてきたのは、入院着の男。


「三階から煙が上がってる!」

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