3-3.切り札
湯気が消え失せ、紅茶は冷たくなっていた。
「……お茶を淹れ直して参ります」
人数分のカップを回収し、ニコラは退室した。
「皆、黙っててごめん」
頭を下げ、シキは呟く。
シュッツェは眉間を揉みほぐす。
「大丈夫」と、首を振った。
「気象兵器になった経緯は、エクレレさんのことに触れないといけない。話せなかったのも理解できるよ」
同調するように、仲間たちも頷いた。
「ありがとう」と、シキは笑う。
すぐに、神妙そうに手を組んだ。
「暗い話に戻る。……今、ユーリはビエール側の人間らしい」
「……つまり。暗殺未遂事件の首謀者は、ビエールやザミルザーニってことか」
痛みに耐えるように、シュッツェは目を伏せた。
「セルキオの次は、レヒトシュタートに混乱を招くのか。しかも自分たちは手を下さない。狡猾な連中だ」
呆れたように、アインは首を振る。
「おそらく、ザイデ人を犯人に仕立て上げるだろう。……女帝は報復に走るかもしれない。……最悪は戦争に」
現実味のある推測に、一同は視線を落とす。助け舟を出したのは、エクレレだ。
「今回の件に関して『伯母を諌めるように』と、ベネディクトに伝えた。鎮静化できるかはわからないが」
そこまで言うと、思案に耽る。
「伯母に真相を伝えたい。がユーリが絡んでいる以上、グロワール家の失態も話すことになる。……くそっ」
粗暴な言葉とともに、肘掛けに拳を叩きつけた。
「お前の立場が悪くなるなら、言わなくていい」
すかさず、シキが首を振る。
「それより、シュッツェの居所がバレたんじゃねぇか? また国民を煽動するかもよ?」
苛立ちを隠さず、アウルは顎をさすった。
「大丈夫、対策を思いついた」と、シキの口調は明るい。
待っていましたと、言わんばかりの笑顔。
「『亡命政府』を作ろう」
※
後日、ビエール共和国──。
「レヒトシュタートのザフィーア市にて、シュッツェを発見しました」
ユーリは、窓を眺める背に言った。
髭を撫で、ビエール共和国宰相のヴィリーキィ・シーリウスは振り返る。
「ただ、セルキオの時ほど上手くはやれない」
机に叩きつけたのは、一部の新聞。
『シュッツェ・ネイガウス、クローネ亡命政府の樹立を宣言』
「これは……」
切れ長の目を見開き、ユーリは手を伸ばした。
「声明文を各国の新聞社に送ったらしい。その上──」
ヴィリーキィの目が、鋭さを増す。
「息子が殺されかけたというのに、女帝は動く気配がない。暗殺が成功していれば、女帝はザイデに最後通牒を送っていただろうな」
「グロワール家が進言したのでしょう。あの当主は立ち回りが上手い。ですが──」
新聞を机に放り、ユーリは歩く。
「もっと厄介な相手がいます。シュッツェでも、エクレレでもない。『ジョーカー』が」
「ジョーカーと例えるほどに厄介なのか? IMOという連中は」
ピクリと、ヴィリーキィの眉が動く。
宮廷道化師──ピエロ。あるいはジョーカーと呼ばれる。
言葉選びで王を楽しませる一方、王を批判する者。
憤慨しては、民衆からの支持が下がる。
王は器の大きさを見せるため、罰を与えられない。
ジョーカーがキングよりも、格上の所以だ。
「隊員は結束力が強く、個々の能力が高い。……そして気象兵器がいます」
「お前の友だったか。運命とは皮肉なものだ」
ヴィリーキィは椅子を回転させ、窓を見た。
細かい雪が曇天から降り注ぐ。昼過ぎであっても外は薄暗い。
「私を殺すために、奴も力を手に入れたのです。……それも『風』の力を」
ユーリが拳を作ると、革手袋が軋んだ。
「しかし、あの男は何もわかっていない。無知ゆえに弱い」
「シュッツェの手札から、ジョーカーを抜き取ることは可能か?」
「もちろん」と、ユーリは即答した。
「あの男は計画に必要不可欠。必ずや、手に入れて見せましょう」
「では、急ぎレヒトシュタートへ戻れ。一刻も早く、その男を連れてこい」
「承知しました」
会釈をし、ユーリは新聞を見た。その口元には、冷ややかな笑み。
「僭王の慌てる顔が、容易に想像できますね」




