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3-2.古傷②

 きっかけは、両親を亡くした悲しみから逃れるため。

 シキは十五歳で、アジュール外人部隊に入隊した。


『エタンセル・ウト』

 兵士として生きるため、与えられた名。


 四ヶ月に渡る新兵訓練を終えた頃には、志願者の1/3が消えていた。

 安易な考えで入隊した者を、ふるいにかけたのだろう。

 訓練を耐え、第二外人部隊連隊・第三中隊に配属した。


『サージュ・ノワール』

 エクレレが、兵士だった頃の名。


 グロワールの名は、忌々しい呪いだった。

 好きでもない男──親族と結婚するぐらいなら、死んでやる。

 啖呵たんかを切った娘を、父は五年一期の条件で入隊を認めた。


──男みたいな女。

 エタンセルから見た、サージュの第一印象。

 短く刈った黒髪に日焼けした肌。

 令嬢とは思えない言葉遣いに、粗野な仕草。


──女みたいな男。

 サージュから見た、エタンセルの第一印象。

 触れれば壊れてしまいそうな、はかなげな少年。

 蝋燭ろうそくの火のような、細い光を目に灯していた。


 この時は、まだ同僚の関係。

 互いに惹かれあってはいたが、表に出すことはなかった。


 サージュはエタンセルより、一年早く入隊していた。

 五年の任期が終わり、ひと足先にサージュ──エクレレは帰国する。

 同僚とともに、エタンセルは駅まで見送りに行った。


 そこで、一人の従者と出会う。

 東洋人の青年で、自らを『ユーリ』と名乗った。


 エタンセルは、自身にも東洋の血が流れていると言った。

 すると、ユーリは大層喜んだ。

 

 どちらも周囲は大人ばかり。すぐに意気投合し、同年代の友人となった。


 休暇のたびに、グロワール邸へ赴いた。

 東洋の剣術、武術に精通したユーリを師と仰ぎ、鍛錬に明け暮れた。

 さらに言葉や文化も学んだ。


 グロワール邸に通ううち、エクレレと恋仲になった。もちろん秘密の交際だ。

 ユーリは「頑張れよ」と笑い、密告も忠告もしなかった。


 しかし、事件は前触れもなく起こった。ユーリによる、エクレレへの刃傷沙汰にんじょうざた


 エタンセルは、すぐさま病室へ。

 全身に包帯を巻かれたエクレレが、ベッドに横たわっていた。

 左頬に刻まれた傷は、一生残ると医師に宣告された。


 何があった。と聞けば、返答に愕然とした。

 グロワール家が保有していた『雷の気象兵器』を、ユーリが奪ったという。


 神に等しい存在になってしまっては、人間にはどうすることもできない。

 苦悩するエタンセルに力を貸したのは、養父のフレイム・ストレングスだった。


 ストレングスの本名は、フロガ・リョダリ。

 彼の正体は、古代から生きる『炎の気象兵器』だ。


 元は、エタンセルの父の義父。つまり、義理の祖父といったところ。

 力を貸したのは「『風の気象兵器』の器を探している」という理由。

 

 エタンセルは、これを快諾した。

 何でもいいから、渡り合える力が欲しかったのだ。


 母譲りの黒髪は、適応を示す銀髪へと変化。

 脅威の身体能力に、半永久的な命を手に入れた。

 こうして、エタンセルは人外となった。


 銀髪を見た瞬間、エクレレは全てを悟る。

 傷口が開くことも構わず、怒りをあらわにした。


「お前まで気象兵器になっただと!? 何をしたのか、わかっているのか!?」

 左頬のガーゼから、はみ出た痛々しい傷。じわりと血が滲む。

 

「あの力は一国を滅ぼす強大なもの。……どうして、お前までっ」


「ユーリは、お前の尊厳を破壊し尽くしたんだ」

 絶対に許さない。と呟く目には、苛烈な炎。

 いつか見た、蝋燭の火とはまるで違う。


「違う、私が──」

 言葉に詰まり、エクレレは大粒の涙をこぼした。


「今年で任期満了だ。俺は軍を辞める。ベイツリーに渡ってオヤジの組織に入る。そこからユーリを追う」


「……もう、今までの私たちには戻れない」

 エクレレは、力なく首を垂れる。何を言っても、届きはしないと諦めた。


「元気でな」と、エタンセルはきびすを返す。

 振り返ることはない。半長靴はんちょうかの音が遠ざかる。


 そばに居てやることもできた。そうするべきだった。

 だがこの先、彼女の傷を見るたびに思い出すだろう。

 師であり、友だった男の顔と嘲笑が。


 春が訪れ、エタンセルは海を渡った。


 新たな名前は『セトウ シキ』。それは、母方の祖父の名である。

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