3-1.古傷①
シキとアウルは、ザフィーア市立病院へ駆けつけた。
続々と、群集事故の負傷者が運び込まれている。
「無事でしたか!」
せアリアスが、安堵した顔で駆け寄った。
「ヴォルクは?」
「致命傷は外れています。処置も局所麻酔で済んだみたいです」
「そうか」
ふぅ。とシキは息を吐く。
「シュッツェとアインは、ディアさんと先に帰しました。エクレレさんは別室、ジェネロは病室にいます」
「わかった。まずは病室に行こう」
受付に声をかけ、三人は階段を上がる。
その間も、負傷者が途絶えることはなかった。
「来たんだ」と、入院着姿のヴォルク。
右肩には厚く巻かれた包帯。
「お前、冷静過ぎだろ。心配して損した」
アウルは心底、悔しそうだ。
「肩に掠っただけ」
「不幸中の幸いだな。お前の背が低くてよかったぜ」
ヴォルクは無言だが、黄色い目が鋭くなった。
「そこまで」と、ジェネロが割って入る。
「これから、警察が事情聴取に来る。僕が対応するよ。エクレレさんが面談室にいるはずだ、顔を出すといい」
「悪いな、ジェネロ。……ヴォルク、もう無茶はするなよ」
病室を去る間際、シキは釘を刺す。
「はいはい」と、ヴォルクの返事。懲りていないのが明白だ。
空には黒雲が立ち込め、大粒の雨が窓を叩く。
皮肉にも、惨劇のあとに相応しい天気。
面談室の扉を叩くと、すぐにニコラが出た。
「大丈夫か?」
立ち上がったエクレレに、シキは寄った。
「こんなことになるなんて。……ごめんなさい」
よほど責任を感じているらしい。謝る女傑に、いつもの覇気はなかった。
「お前の判断は正しかったし、ヴォルクも無事だった」
気にするな。とシキは微笑む。
「ありがとう。……犯人を追ったと聞いた。どうなった?」
「……俺が追いついた時にはもう、焼身自殺してた」
「そうか」
後味の悪い結末に、一同が嘆く。
「事情聴取があるって聞いたけど、家には帰れそうか?」
「大丈夫、長くは拘束されない。先に帰っていてくれ」
「……あのさ」と、シキはうつむく。
「帰ったら話したいことがある。エクレレや皆にとって重要なことだ」
感情を押し殺すように、手の甲に爪を立てた。
※
『白昼の凶行。ザフィーア市で皇太子暗殺未遂』
その日のうちに、号外が出された。
『なお、事件発生後に近隣の空き家から火災が発生し、性別不明の焼死体が発見されました。警察は事件との関連性があるとの見方を強めています』
日没後、ある程度の情報がラジオで発信された。
その頃には、エクレレたちは帰宅していた。
ニコラがラジオの電源を切り、全ての扉と窓を閉じた。
銃弾を浴びたヴォルクが、何事もなかったかのように座っている。
軽傷だったため、その日のうちに退院した。
「何か、わかったことはあるか?」
シキは紅茶を飲み、エクレレに問う。
「焼死体から拳銃が見つかったらしい」
「どんなやつ?」
「確か──」と、エクレレは目を伏せる。
レヒトシュタートで開発された、軍も警察も使用している銃だ。
「九ミリ弾か」と、アウル。
口ぶりからして疑問を抱いている。
「俺はてっきり、狙撃されると思ってた。それか自動小銃を使うはずだ。護衛も一掃できる。……まさか拳銃だなんてな。それも、殺傷能力が低いやつ。殺すには至近距離まで近寄らないといけない。どう考えても無謀だ」
ガンマニアは鳴りを潜め、ゆっくりと言った。
「なんか、殺しの経験がない素人って感じ」
「警察も同じ見解だ。……ヴォルク、ベネディクトは君にとても感謝していた。私からも礼を言う」
ありがとう。とエクレレは頭を下げた。
「気にしないで」と、ヴォルクはそっけない返事だ。
「……本題に入ろうか」
シキの目が、ゆっくりと開かれる。
「犯人は焼身自殺したって言ったよな? ……あれ、嘘だ」
「は?」
頓狂な声とともに、一同が瞠目した。
「あの場に共犯がいた。実行役はそいつに殺された」
「どうして早く言わなかった!? ベネディクトを狙う奴が、まだ残っていることになる!」
燃え上がる炎のように、エクレレは声を荒げた。
「言えないよ。……共犯は『ユーリ』だった」
「なっ……」
呻いたエクレレが、膝から崩れ落ちた。
威厳さと高貴さを湛える顔が、苦痛に歪む。
胸に手を当て、乱れる呼吸を整えようと必死だ。
「それは本当ですか?」
ニコラは主人の体を支え、ソファに座らせた。
「間違いない」と、シキは苦悶の表情だ。
「あの、ユーリとは何者ですか?」
たまらず、シュッツェが口を挟む。
「グロワール家に仕えていた東洋人。……私とシキの友」
「正確には『友だった』」
首を振り、シキは付け加えた。
「詳しい話をしてもいいか?」
「……あぁ」
呼吸を整え、エクレレは頷く。
乱れた感情を押さえつけているのだろう。言葉を詰まらせ、目が潤んでいる。
「まず、ユーリについて。あいつは『雷の気象兵器』だ」
突拍子に出た言葉に、一同が静まり返る。誰もが無言で、次の声を待った。
「ユーリとの出会いは十九の時。俺が、まだ気象兵器じゃなかった頃──」
絨毯を見つめる青い目は、凪のように静かだった。




