2-1.女傑の依頼
ポロプリズム式の双眼鏡に映る、無数の人。
スピーチ用の壇上では、作業中のスタッフ。
観衆の中には、ディアとヴォルク、アインがいた。
閑散とした路地には、シキとジェネロ。
「はぁ」
双眼鏡を下ろし、シュッツェは瞼を押さえた。
「なんだ、もう疲れたのか?」
ベッドで肘枕をつくアウルが、鼻で笑う。
小馬鹿にするような体勢に、にやけた顔。
シュッツェは、アッパーカットを叩き込みたくなった。
「主役、遅いなぁ」と、セアリアスも目を瞬かせる。
「アウル、変わってよ」
「俺には俺の、仕事があるの」
そう言って、アウルは狙撃銃を愛でている。
『こちらジャガー。動きは?』
無線機から、気の抜けた声が上がった。
「ない。引き続き待機せよ」
この言葉も三回目だ。シュッツェは、くわえた菓子パンを引きちぎった。
『りょーかい』
ブツリ。と音を立て、無線が切れた。
※
事の発端はグロワール邸に拠点を移し、三日目の晩のこと。
「ベネディクト・ディアマント?」
牛肉と野菜を煮込んだレヒトシュタートの家庭料理から顔を上げ、シキは首をかしげた。
「私のいとこで、伯母の三男だ。皇位継承権は三位だが、顔が良いから伯母のお気に入りだ。おそらく、次期皇帝はベネディクトだろう」
殺されなければ。と呟くエクレレは、赤ワインのグラスを傾ける。
「で、いとこがどうかしたの?」
「困ったことに明日、ザフィーア市内にオープンするホテルのテープカットに来るんだ」
エクレレは、大迷惑とでも言いたげだ。
「早い話、ベネディクトの警護を頼みたい。もちろん内密に」
「居候させてもらっているからいいけど、そんなに不安? 皇太子ってことは、たくさんの護衛がいるでしょ?」
シキの問いに、エクレレはうつむいた。
「……『ザイデ』の名は知っているな?」
「ザイデ? 確か十年ぐらい前に、レヒトシュタートから独立した国だっけ?」
テーブルを指で叩き、シキは『第一次ザイデ独立戦争』を思い出す。
レヒトシュタート南部に多い、異民系のザイデ人による内乱。
異民族の蜂起が連鎖すると危惧した女帝は、早々に独立を認めた。
南部が切り離され、現在は『ザイデ共和国』として存在している。
「独立しただけじゃ飽き足らず、さらに領土を広げるつもりだ。国連が仲介に入ったが両者、聞く耳を持たない」
「天下のIMOでも、喧嘩は止められないな」
「ザイデはあの手この手で、帝国を陥れようとしている。もし溺愛する息子が殺されたら、伯母も黙ってはいないだろう」
エクレレは、注がれたワインに手を伸ばす。
「それに、標的はベネディクトではないかもしれない。……私も招待されている。伯母の機嫌を取るために断れない」
弱々しい言葉に、シキの眉が動く。
「なおさら断れないな。いいよ、手伝う」
フォークから手を離し、快活に笑った。
「ありがとう。待機場所は手配しておく。他に必要な物は?」
「無線かな。支援役と連絡を取り合いたい」
シキは、すっかり司令塔の顔つきだ。
「お安い御用だ、任せておけ」
空になったグラスを置き、エクレレは大きく頷いた。




