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1-3.懐古の裏で

「はぁーーー」

 クイーンサイズのベッドに倒れ込み、シュッツェから長いため息。


 弾力のあるマットレスに、ふかふかの羽毛布団。

 隠れ家の底冷えする床で、寝ていた頃が懐かしい。


 シュッツェは長い時間をかけ、エクレレに経緯を話した。

 簒奪さんだつからの軟禁。亡命からの逃亡生活。

 妹は行方不明。ということ。

 もちろん、追手や『X』の存在も。


 豪勢な夕食を振る舞われ、一行は離れに案内された。

 奇襲の可能性があるため、しばらくは二人部屋。

 相部屋仲間のヴォルクは、ベッドで読書中。


 雨戸を閉めようと、シュッツェは窓辺へ寄った。


 開けた窓から何かを見つけたらしい。

「ん?」と独りごちた。


 庭のベンチに人影が一つ。外灯が銀髪を照らしている。


「どこ行くの?」と、ヴォルクが顔を上げた。


「シキがいるんだ。話をしてくる」

 モッズコートを羽織り、シュッツェは部屋を出た。


 風のない、静かな夜。

 息を深く吸うと、冷気でむせてしまいそうだ。


「どうした?」と、シキが振り返った。


「眠れないのか?」


「いや、久しぶりに爆睡できそう」


「そっか、しっかり寝ろよ」


「うん」

 頷くと、シュッツェはベンチに座った。


「……一つ、聞いていい?」


「エクレレのことか?」と、シキは即答。


「そう」と、シュッツェは苦笑した。

 察しの良さに、もう慣れたのだろう。


 天を仰ぎ、シキから白い息が上がる。


「……もう、七年も前の話さ。俺がアジュールの外人部隊にいた頃に知り合った」


 アジュール共和国が擁する、外国籍で構成される部隊。

 過酷な訓練に耐えられず、脱走兵が多いことで有名だ。


「あいつも外人部隊にいた。『好きでもない男と結婚したくない』って理由で入隊したんだ。……笑えるだろ?」

 当時を思い出すように、シキは目を細めた。


「やっぱり、豪快な人だ」と、シュッツェは頷く。


 エクレレの美貌にそぐわない、日に焼けた肌と古傷。

 軍人として過ごした中で刻まれたのだろう。


「……『知り合い』って言ってたよな。今は一緒じゃないのか?」


「まぁな。喧嘩別れじゃない。……守るためだ」

 俺が悪いんだけど。とシキは笑う。その横顔は、どこか寂しげだ。


「なんか、立ち入ったこと聞いてごめん」

 ただならぬ事情を感じ、シュッツェは引き下がった。


「気にするな。絶対、聞かれるって予想してたよ」

 シキは、悪童の顔つきに戻る。


 それっきり、二人は無言になった。

 

 冷たい空気に馴染んできた頃。

「寝るか」と、シキが立ち上がる。


「……おやすみ」

 先を歩く背中に、シュッツェは呟いた。


──結局、謎が増えただけ。



 くたびれたコートを揺らし、男は階段を駆け上がる。

 背後を気にしながら、錆びた扉を開けた。


「おかしい」と、男は首をかしげた。

 同居人がいるはずが、部屋の中は真っ暗だ。

 

「マティアス? ヨハネス?」

 ともに潜伏している、友の名を呼ぶ。


 窓からの光を頼りに、手探りで灯りを点けた。

 その瞬間、男は尻もちをつく。

 

 寝室とリビングを隔てる扉の前に、死体があった。


「ヨハネス!? おい!!」

 震える手足を動かし、男は這った。


 両手を投げ出し、ヨハネスは動かない。その上、寝室にも別の死体。


「マティアス……」

 胸を血で濡らした、マティアスが横たわっていた。


 つい十五分前まで二人は生きていた。

 男が酒を買いに出た、わずかな時間で殺されたのだ。


 頭を抱え、へたり込んだ時だった。男の首筋に刃物が触れる。


「こんばんは、ラルフ」

 くぐもった声が上がり、切先が引っ込められた。


「クソッ!」

 ラルフは拳銃を抜き、振り返った。しかし、引き金を引くことはない。


 右目の数センチ前に、刃物の切先。

 その先には、侵入者の顔。一切の感情がない石膏の仮面が、そこにあった。

 

 くり抜かれた目の部分は暗い。

 何も見えないがゆえに、ラルフを絶望させるには十分過ぎた。


「片目がなくても仕事はできる。どうする?」

 切先を半回転させ、目玉をくり抜くような仕草を見せる。


 ラルフは震えながら、引き金から指を離した。


「そんなに怖がらなくていい。僕は、君の協力者だ」

 猫なで声を発し、侵入者は拳銃を取り上げる。


「殺さないでくれっ……」

 首に銃口を押し当てられ、ラルフは過呼吸寸前だ。


「もちろん。殺しはしないよ」と言葉通り、拳銃が離れた。


 呼吸を乱し、ラルフは床に這いつくばる。

 しかし、降ってきた言葉に息を止めた。


「知ってる? マティアスとヨハネスは、君を売ろうとしていた」


「お前、何を言っているんだ? そんな嘘、信じるわけ──」

 言いかけたラルフに仮面が近づく。


 侵入者は、一枚の紙を取り出した。


「ラルフ・バインルは、クライノート市のアパート『マイカ』の三〇三号室に潜伏している」

 読み上げられた言葉に、ラルフは目を剥く。


「嘘だ……」


「嘘じゃない。マティアスが持っていた。僕が二人を殺していなかったら、君はどうなっていたかな?」

 

 血に塗れた告発状が、宙を舞う。


「君、殺したい人がいるんでしょ? これからは僕が、君の相棒だ」


 悪魔の囁きに、ラルフは歯を食いしばるだけだった。

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