1-1.新天地
【ここまでのあらすじ】
セルキオ連邦に亡命するも一息つく暇なく、シュッツェ一行に迫る追手。
さらに、国の混乱を阻止するため、セルキオ警察も出動した。
万事休すかと思われたが、追手と警察はシキの活躍によって撃退。
後日、シキは『風の気象兵器』であることを告白。
人智を超えた能力を持つ、不老の存在であった。
しかし、強力な助っ人がいようとも、戦況は簡単に覆らない。
一行はセルキオを去り、シキの知人がいるレヒトシュタート帝国へ向かうことに。
セルキオ連邦を西進した先に、レヒトシュタート帝国は鎮座する。
かつては三つの隷属国を擁し、アリステラ大陸の半分を支配していた。
そんな帝国も幾度とない戦争を経て、現在は衰退の一途を辿る。
全盛期の力を失おうとも、首都クライノートの街並みは美しい。
国内一の規模を誇るペルル川。川沿いには女帝の住まいが構える。
左右対称のファサードに、戴いた冠を思わせるドーム型の屋根。
ゴシック・リバイバル建築様式の巨大な宮殿だ。
逃亡の身であるシュッツェ一行は、観光に訪れたわけではない。
隣のザフィーア市へと、ひたすらに車を走らせていた。
「宝玉に真珠にサファイア。この国は光り物が好きなのか?」
地図から顔を上げ、助手席のアウルは鼻で笑った。
「ディアマント家の名前でわかるだろ」
「カラスかよ」
シキの返答に、頭を揺らすアウル。
「ところで、例の暗殺集団は仕事放棄か?」
のんきな声に、シュッツェは肝を冷やした。
セルキオでの襲撃が失敗したぐらいで、引き下がるわけがない。
こちらの居場所を見失ったとは、到底思えない。
放たれた追手──『リオート・ヴォルキィ』は、どこかで機会を窺っているのだろう。
その静けさが、ひどく不気味だった。
「なぁ。俺たちはどこへ向かっているんだ?」
シュッツェは、不安そうに遠くを見た。
車道を挟み、左右に広がるポプラの森。首都の隣とは思えない、自然豊かな街。
「もう着くよ」と、シキはハンドルを回した。
誰かの敷地内に入ったらしい。しばらくして、威圧感のある門が姿を現した。
「ご主人と約束をしています。セトウです」
守衛の一人に、シキは会釈した。
「あぁ、お待ちしていました。どうぞ」
門が開き車は再発進した。後ろには、セアリアスが運転する車が続く。
一行を出迎えたのは『豪邸』と、断言できる建物。
綺麗に剪定された芝や庭木から、整然とした印象を受ける。
ザフィーア市は、国内有数の高級住宅街だ。
ポプラの森に豪邸が点在する光景は、壮観の一言。
降車した一同は豪邸を見上げた。時を同じくして両開きの扉が開く。
この家の主人だろう。階段を下りるたび、艶のある黒髪が煌めく。
ショートボブは遠目には男に見えるが、体つきから女だとわかる。
「久しぶりだな」
羽織ったショールから手を出し、女は頬を緩めた。
「おう」とシキは、はにかんだ。
「初めまして。エクレレ・グロワールです」
黒いアーモンドアイが、シュッツェを見た。
華奢な手だが、小麦色に日焼けしている。
その上、左頬に古傷があった。切られたような、真っ直ぐな傷だ。
「グロワール? まさか──」
握手の力を弱め、シュッツェは刮目。
グロワールとは、ディアマントの分家。
つまり、エクレレは女帝の姪。
自身も公族だという立場も忘れ、圧倒されていた。
「あれ、エクレレとは初対面?」と、シキは首をかしげた。
金持ち同士、面識があると思っていたのだろう。
「残念なことにな。さぁ、どうぞ中へ」
頷くと、エクレレは片手を上げた。
「ニコラさん、お久しぶりです」
老年の執事──ニコラ・シュヴァリエを見つけるなり、シキは破顔した。
かしこまった様子で、握手を交わす。
「シキさんこそ。お元気そうで何よりです」
ニコラの目は、孫を見るように優しげだった。




