5-3.一瞬の喧騒
「あなた、何を考えているの?」
ありえない。とモローは声を震わせた。
「狂ったことだよ」と、シキは駆ける。
──消えた。
あまりの速さに、そう錯覚するだろう。
まずは、近くの警官を投げ飛ばした。
次に、隣の警官の銃を掴み、銃口を逸らす。
体格差をものともせず、床へねじ伏せた。
膝で滑り、流れるように立ち上がる。
三人目の首に腕をかけ、一気に押し倒す。
叩きつけられる音に、重なる呻き声。
たったの十秒ほどで、三人の警官が地に伏せた。
だが、まだ大勢いる。拳銃を構えた警官たちは、シキを包囲した。
一歩でも動けば撃たれるが、シキは怯まない。
目にも止まらぬ速さで、這いつくばるほどに身を低くした。
前の警官に足払いをかけ、背後に回る。他の追撃を阻む牽制だ。
わずかな睨み合いのあと、盾代わりを突き飛ばす。
反撃を試みる警官の腕に、手刀を食らわせた。
宙を舞った拳銃を掴み、弾倉を落とす。
さらに、薬室に残っている弾を排莢。
スナップを効かせ、警官たちに投げつける。
同時に、一歩踏み出し間を詰めた。
怯んだ警官の脇下に、腕を差し込み投げ落とす。
隙あり。と二人の警官が迫るが、それもお見通し。
体を反転させ、攻撃を躱す。
それだけに留まらず、ローキックを叩き込む。
反動を利用し、もう一人の右肩に拳を見舞った。
刹那、突風が起きた。あまりの風に窓が揺れる。
正拳突きを受けた警官は、部屋の隅へと吹き飛ばされた。
「おぉ」
警官たちはおろか、シュッツェやアインも声を上げる。
最後に、ローキックを放った警官に関節技をかけた。
降参のサインを受け取り、シキは手を離す。
警官たちは戸惑いの表情だ。
圧倒的な強さを見せつけられ、明らかに怯んでいる。
「時間の無駄だ。警官程度じゃ話にならんよ」
高みの見物に回っていたストレングスは、愉快そうだ。
乱闘続きだが、シキの呼吸は乱れていない。
次は誰だ。と言わんばかりの仁王立ち。
「もういい……」と、モローが呟く。
これ以上の戦闘は、無用と判断したらしい。
「殿下を連れて、お逃げください」
司法と治安維持を統べる女傑が、目を伏せた。
「護衛が強すぎで拘束できなかったと、大統領に言い訳ができます」
さらに、柔らかく微笑む。
「それはよかった」と、シキは戦闘体勢を解いた。
先ほどとは、別人のような笑顔。
「大臣。一ついいか?」
組んでいた腕を解き、ストレングスが割って入る。
「帝国の暗殺集団が、いつの間にか復活している。公世子を捕らえるためにな」
「まさか。……それが本当であれば、帝国を非難しなければ」
怒りを滲ませ、モローは首を振った。
「公にしたところで、焼け石に水だ。今は伏せておいた方がいい」
「わかりました」
モローはしおらしく頷き、シュッツェを見た。
「あなた方を欺いたこと。そして数々の失言、お詫びいたします」
言葉を用意していなかったらしい。
困惑するシュッツェは、少しだけ沈黙した。
「……僕は大丈夫です。むしろ、なんだかスッキリしました。ここまで来たら開き直って進みます」
シキの戦いぶりを見て、鼓舞されたらしい。
屈託のない笑顔とともに、手を差し出した。
「優しいのですね。またお会いしましょう」
その手を、モローは握り返す。
冷徹かと思われた女傑の手は、主婦の手だった。
荒れた手は温かく力強い。
喧騒は一瞬のうちに消えた。
レクタングルの夜は静かに更けていく──。




