2-2.事変は突然に①
胸に重みを感じ、シュッツェは目を覚ました。
隣には、いびきをかくアウル。投げ出された腕に、胸が圧迫されている。
そのせいで夢見が悪かったらしい。
シュッツェは寝室を見回した。段々と、朧げな意識が浮上する。
そういえば、ここは新しい隠れ家だった。と思い出した。
あれは、IMOヴェルメル支部での歓迎会のあと。
一行は次の隠れ家へ。新たな拠点はセルキオ最北端のノール市。
ディアとセアリアス、ヴォルクとは別行動となった。
「おはよ。もう起きたのか?」
リビングに入ると、シキが出迎える。
「アウルのせいで、目が覚めちゃって」
寝ぼけ眼を擦り、シュッツェは苦笑した。
「まだ六時前だけど……。シキってちゃんと寝てる?」
「寝てるさ。俺は早くに目が覚めるんだよ」
「年寄りみたい」
「うるせぇ、顔洗ってこい」
粗暴な言葉とは裏腹に、シキは笑顔だ。
なんてことない日常に、シュッツェは頬を緩める。
アインとともに、朝食の準備に取りかかった。
午前六時半を過ぎた頃。
「ポスト見てくる」と、シキは部屋を出て行った。
今日の朝食は丸パンに、ハムとチーズ。
そして、ヴェルメル名物のソーセージ。
シュッツェは腹をつまむ。亡命後、運動はしていない。
追手とは別の問題に、頭を悩ませることになりそうだ。
「シキは……。新聞か」
起床したアウルは、椅子に座る。
「シキって、隅々まで記事を読むよね」
「大切な情報源だからな。まぁ、俺は新聞なんて◎×△□」
アウルの言葉は、あくびで歪んだ。
その時、シキが戻った。
朝の冷気とは別に、神妙そうな空気を纏っている。
『クローネ公国の公世子、シュッツェ・ネイガウス。セルキオ連邦に亡命』
叩きつけられた新聞には、その見出しが書かれていた。
「はぁ!?」と、一同が声を上げた。
「おいおい、どういうことだ?」
頭に手を当て、アウルは新聞を掴む。
「ビエール共和国は、シュッツェ・ネイガウスがセルキオに亡命したと発表。同時に身柄の引き渡しを要求した。セルキオ政府は、亡命への関与を否定──」
その声は、シュッツェには聞こえていない。
緊迫した空気を裂いたのは、シキだった。
「落ち着け。これくらい、覚悟してただろ」
のんきな口調で、パンにバターを塗る。
「それにしても、ビエールが発表するとはな」
パンにソーセージとチーズを挟み、美味そうに頬張った。
「お前の写真も載ってるぜ」と、アウルは新聞を突き出す。
「……なんか、指名手配犯みたいだな」
シュッツェはパンの端を噛んだ。
ソーセージの味も、チーズの味もしなかった。
「うーん……」
シキは頬杖をつき、紅茶の湯気を見つめている。
「何か考えでも?」と、アインが首をかしげた。
「いや、何でもない」
「おい、俺たちの仲だ。隠し事はなしだろ?」
無論、アウルは不服そうだ。
「まだ情報が足りない。不用意に口にはできない」
「おい」
「本当に、何も言えない」
いつにも増して、シキは頑固だ。
朝食後──。
何も告げず、どこかへ出掛けて行った。
「はぁ……」
洗浄済みの食器をカゴに入れ、シュッツェは一息ついた。
爽やかな朝は一転。陰鬱で、重たい空気が流れている。
リビングから、カチャカチャと音が聞こえた。
音の正体は、アウルが熱心にいじる狙撃銃。
「アウル、それ……」
「俺の仕事道具さ。メンテナンス中」
顔を上げ、アウルは両目に弧を描く。
「ボルトアクションが好きなの? ……あっ」
何気なく聞いたシュッツェだが、すぐに後悔した。
「わかってるじゃねぇか!」と、アウルから嬉々とした声。
「ボルトアクションのガチャガチャ感が俺は好きなんだよ! 精度もオートマチックより断っ然いいね! あと消音器を外した時の威力が桁違いだ! 発砲音もたまんねぇ!」
早口のアウルは、ワキワキと両手を動かした。もはや変質者にしか見えない。
絶句していたシュッツェだが、すぐに破顔した。
窮地に陥るたびに仲間が笑わせてくれるのだ。
「なぁ。俺にも使い方を教えてくれよ」
「もちろん。銃火器の沼に引きずり込んでやるよ」と、アウルは不敵に笑う。
セットした弾倉が、凛とした音を立てた。




