2-1.狩人の長
時を刻む音が、ひどく耳障りだ。
何度も時計を見ては、リーベンスは舌打ちした。
ヴィリーキィ・シーリウスは、いつも時間を守らない。
帝国将校の家に生まれ、陸軍に入隊。
その後は政治家の道を歩み、ビエールの宰相へ。
ヴィリーキィと知り合ったのは、彼の就任式がきっかけだ。
互いが時計の蒐集家ということもあり、意気投合した。
何度かシーリウス家に招かれた。美人の妻と、二人の子供に恵まれた家庭。
ある時──。
酒に酔った勢いで、リーベンスは心情を吐露した。
大公妃だった姉が死んだこと。
時計の蒐集が仇となり、妻が家を出て行ったこと。
『非武装中立国』を宣言した、クローネに失望したこと。
防衛委託費という金をドブに捨てるなど、愚かなことだ。
自分が国を変えてやりたい。そんな言葉を口にした。
あなたのお気持ち。心底、共感します。
酒に酔っていたはずの、ヴィリーキィが目を細めた。
そこから持論を展開した。
セルキオの真似事だろうが、平和ボケにも程がある。
領土拡大を目論む帝国が側にいるというのに。
クローネは同盟国が守ってくれるだろうと、過信している。
その考えがどれだけ愚かか、わからせてあげればいい。
悪魔の囁きは容易く実現した。
国を焦土にする戦争は、今や時代遅れ。
内部から崩壊させ、インフラや秩序はそのままに飼い殺しにする。
各国はあらゆるリスクに怯え手を出さない。
国だけでなく世界を黙らせた快感は、リーベンスを増長させた。
約束の時間から十分が過ぎた頃。ようやくヴィリーキィが到着した。
「遅くなり、申し訳ありません」
相変わらず、誠意が感じられない。
いい加減、文句を言ってもいい。
リーベンスは、眼鏡のブリッジを押し上げる。
その時だった。音もなく、何者かが入室した。
「お気になさらず。彼は私の護衛です」
背後の人物を一瞥し、ヴィリーキィは言う。
『彼』という単語で男だとわかる。しかし、奇異な見た目だ。
男の顔は、石膏の仮面で隠されていた。
よく見ると、しわやほうれい線がある。
その理由に行き着いた時、リーベンスは戦慄した。
石膏や蝋で、死者の顔型を取った『デスマスク』と呼ばれる代物。
著名な故人を偲ぶために、観賞用に作られる。
悪趣味な仮面に加え、フードを被った男は微動だにしない。
まるで石像のようだ。
「……どうぞ、お座りください」
戸惑いつつ、リーベンスは声を上げた。
「シュッツェ捜索の進捗状況は、どうなっていますか?」
「現時点では──」
コーヒーが運ばれ、ヴィリーキィは口をつぐむ。
メイドが去って首を振った。
「発見に至ったという連絡は、まだありません」
「そうですか……」
「ときに。リーベンス殿は狩りはされますか?」
真意のわからない質問に、リーベンスは怪訝そうだ。
「いえ。この国は狩猟の習慣がありませんので」
「そうですか。『巻き狩り』という狩猟があります。猟犬を放ち獲物を追い出し、猟師が仕留めるという方法です」
「それが、捜索と何の関係が?」
苛立ちを抑え、リーベンスは首をかしげた。
「いずれわかることです。……そうだ、紹介しておきましょう」
ヴィリーキィは、背後の男を見た。
「彼は『リオート・ヴォルキィ』の長です。名を『グロム』といいます。どうぞお見知り置きください」
グロムとは、ザミルザーニ語で『雷』を意味する。
フードからわずかに覗く、金髪が由来だろうか。
グロムは、恭しく一礼した。
ヴィリーキィに耳打ちしたあと、部屋を去った。
「……宰相。あの仮面は?」
しばらくして、リーベンスは声を上げた。
「あぁ。グロムが殺した男の顔です」
「……殺した?」
「その昔、世界に名を馳せたスパイですよ。グロムによって仕留められました」
ヴィリーキィは、美味そうにコーヒーを飲んだ。
「スパイの名は『サイファ』。誰もが首を欲しがる男でした。顔型を取りたくなるのも頷けるでしょう?」




