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5-3.絶望に差す光

 色褪せた写真を、シュッツェは指でなぞった。


 昨夜は、頭痛を感じるほど泣いた。

 目が覚めては、ぼんやりと天井を見つめるだけ。

 いつの間にか再び眠り、気づけば朝が訪れていた。

 

『公女は生きている』 

 微睡まどろみの中、そんな言葉を聞いた。


 幻聴かもしれない。という不安はある。

 しかし、それをよすがとし、まだ正気を保てていた。


 いい加減、感傷に浸るのはやめよう。決意とともに写真を日記へ。

 その時、音もなく扉が開いた。


「おはよう」と、顔を出したのはシキ。


「少しは、落ち着いたか?」

 

 シュッツェは無言で頷く。涙を見せまいと、うつむいた。


「散歩に行こう」


「え?」


「お前、ずっと外に出てないだろ。まだ朝も早いから人は少ない」

 行こう。とシキは、モッズコートを押し付ける。


「……わかったよ」

 渋々、シュッツェは立ち上がる。抜き足、差し足でリビングへ。


 ソファでは、アウルが爆睡している。足元には空の酒瓶。

 アインとヴォルクは、別の部屋で寝ているようだ。

 洗顔を済ませ、シュッツェは外へ出た。


「さむっ」とシキは、風に目を細めた。


「やっぱり、セルキオは寒いな」

 シュッツェは手袋をはめ、ニット帽で耳まで覆う。


 もう少しで、世界は十月に変わる。

 ミリュー市よりも標高の高い地域では、雪が降っているだろう。


 日の出前の街は、静寂に包まれている。二人は、無言で歩き始めた。


 シュッツェはふと、学生時代を思い出す。

 通っていた寄宿学校は、セルキオにあった。


 あの頃は友達と呼べる人間がいない、孤独な日々。

 その上、異常ともいえる規律に縛られた堅苦しい日々。


「そういえば、セルキオの学校に通ってたんだって?」

 回想を見たようなタイミングで、シキが問う。


「うん。エーデルシュテルンっていう学校」


「そっか、楽しかったか?」


「全然」


「あ、そう……」

 何かを察したのだろう。シキは、それ以上は聞いてこなかった。


「……シキの学生時代は、どうだった?」

 無言でいるのも気まずいため、シュッツェは話題を変えた。


「学校は十五歳から行ってないよ。色々あってね」

 それは、屈託のない返答。


「あ……」

 しまったと、シュッツェは焦る。


「気にしないでいい」と、シキのフォロー。

 

 しかし、再び会話が途切れてしまった。


 シュッツェは、歩いている道に覚えがあった。学生時代に、何度か通ったはずだ。


 レンガ造りの坂を、二人は登る。東の地平線から、まばゆい光が漏れた。

 晴天であれば、目を刺すような太陽が見えただろう。


 行き先はミリュー旧市街の高台にある、ローゼンガルデン。

 あらゆる種類のバラが、咲き誇る公園。春から秋にかけて咲くバラは、今が見頃だ。


「……何も変わらないな」

 眼下に広がる景色に、シュッツェは目を細めた。


「少しは楽になったか?」

 石垣にもたれ、シキが問う。


「うん」


「……俺もさ、早くに親を亡くしたんだ」

 それは、唐突な告白だった。


「学校にも行かず引きこもった。ずっと地獄の日々で、死にたいって思ってた」

 淡々とした口調だが、どこか寂しさを感じる。


「でもさ。養父は俺を、あちこちに連れ出した。つらい時こそ人と会え。綺麗な景色を見ろって言って」

 シキの視線が、旧市街からシュッツェへ移った。


「同情してほしいから話したわけじゃない。俺にも、お前の苦しみがわかる。それだけを言いたかった」

 

「……ありがとう」とシュッツェは、涙を拭った。

 慰めの言葉よりも、同調する言葉を待ち望んでいたのだろう。


「いい加減、スープにパンは飽きただろ。今日は、外で食べよう」

 シキは、颯爽さっそうと歩き出す。その背にはもう、一切の哀愁はない。


──ありがとう。

 声には出さず、シュッツェはもう一度繰り返した。

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