4-2.奈落へ
地響きのような音に、シュッツェは飛び起きた。
すぐ隣から、アウルのいびき。眠りを妨げた音の正体だ。
「さむい」と、アウルから寝言。
毛布を体に巻きつけると、再び夢の中へ。
──まだ生きている。
起床したシュッツェは安堵した様子だ。
亡命から二日。一日目──昨日は、死んだように眠った。
頭痛とともに起きると、夕方だった。
今日から、規則正しい生活をしようと意識したらしい。
窓辺には、朝の冷気が立ち込めている。
フランネルシャツの上に、モッズコートを羽織った。
寝ぼけ眼をこすりつつ、リビングへ続く扉を開けた。
「おはよう」と、アインが振り返る。
「いい感じ」
スープを味見したシキは、満足そうだ。
洗面所に向かい、シュッツェは蛇口を捻った。
ぶつかる水の冷たさに、すぐに手を引っ込める。我慢しつつ、素早く顔を洗った。
「おはよう」
リビングに戻ると、アウルが寝室から出てきた。
「おう」と、アウルは無愛想。
寝起きが悪いのは、深酒のせいだろう。
朝食は、具沢山の野菜スープ。細切りのベーコン入りだ。
パンは塩味のバケットに、甘いクロワッサン。
「イタダキマス」
シキとアウルは手を合わせ、同時に呟いた。
「美味しい」
シキは料理が得意だ。その上、掃除や洗濯もテキパキとこなす。
シュッツェには傭兵というより、家政婦に見えて仕方がない。
「だろ」と、シキは笑う。
「お前が逃げたことは、まだ公になっていないな」
続けて新聞に目を通し、紅茶をすすった。
「リーベンスって奴、今頃は地団駄でも踏んでるだろうな」
アウルは勢いよく、バケットを引きちぎる。
リーベンスを出し抜いたことに、シュッツェも快感を覚えていた。
その優越感も、すぐ憂慮に変わった。
怒り狂い、あらゆる手段を使って捜すだろう。
捕まれば、なぶり殺しにされる。と恐れていた。
「シュッツェ、大丈夫か?」
食事の手を止め、アインは心配そうだ。
「……ごめん」とシュッツェは、パンを皿に置く。
「無理して、食べなくていいよ」
新聞から顔を上げ、シキも同意した。
シュッツェは一足先に食事を終え、寝室へ戻った。
寝具を片付けるも、枕元の日記が目に止まる。おもむろにページを開いた。
父が死んだ日から、日記を書き始めた。
とはいえ、どの日も一行で終わっている。
改めて見返すと、稚拙な内容だ。日付は、あの日──亡命の日で止まっている。
『俺はどうなるのだろうか。この先、生きていけるのだろうか』
夜明けに書いた筆跡は、ひどく乱れていた。
日記を閉じたと同時に、アウルが顔を出す。
「話がある。来てくれ」
リビングに入るなり「あっ」と、シュッツェは声を上げた。
そこには、濃灰色の髪の男。クローネで潜入を続けていた『ウルフ』だ。
「帰ったばかりなのに、悪いな」と、シキはソファへ。
「何があったか、話してくれるか?」
「……結論から言うね」
ウルフは、黄色い目をシュッツェへ向けた。
「君の妹は、遺体で発見された」




