1-2.獣たち
『死』が迫っている。
痛みを感じるほど、男の心臓は暴れていた。
小銃を持つ手は震え、足を踏み出せば水飛沫の音。
半長靴越しに伝わるのは、ぬるりとした感触。
その正体は、足元を見ずともわかる。
目の前には死んだ仲間。シャツは襟首から胴まで、血で染まっていた。
テーブルに視線を移せば、もう一人の仲間。
背には、深く刺さった短剣。指先からは一定の間隔で、血が滴り落ちている。
妙な音で目が覚めた。寝床から這い出て隣室へ。
瞬間、眠気と血の気が引いた。酔い潰れていたはずの、仲間たちが死んでいた。
外に出ようとするも、男はためらった。
扉の前に、三つの死体が転がったからだ。
頭を撃たれ、一人は即死。残りの二人は、急所を撃たれ倒れ込んだ。
間髪入れず現れた襲撃者によって、首を裂かれ絶命した。
顔を覆うシュマグから覗く、青い目。
その目と合った瞬間──。
絶叫とともに、男は小銃を乱射した。しかし、壁に弾痕を残しただけ。
襲撃者が消えてすぐ、外から怒号と発砲音。
すぐに悲鳴や呻き声に変わり、数分後には沈黙した。
つい先程まで、野営は笑い声で溢れていた。
次はどこを爆破しようか。
どの異端者を殺してやろうか。
神を冒涜する連中に、制裁を与えてやろう。と声高々に笑っていた。
男は目を閉じ、神に助けを乞う。
ネックレスを握りしめ、何度も何度も崇める言葉を呟く。
「お祈りは終わったか?」
こもった声が、男を現実へ引き戻す。
「……お願いだ。殺さないでくれ」
小銃を落とし、男は掠れた声を上げた。
はっ。と襲撃者が笑う。
「その言葉、お前らは無視しただろう」
「待て、待ってくれッ……!」
男の脳裏に、忘れていた記憶が蘇る。
手を上げ、胸から血を噴く男。
壁際で子供をかばい、涙を流す女。
血痕を残し、這いつくばる老人。
「自分で招いた結果だ」
襲撃者は、短剣を薙いだ。
男は膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れた。噴き出した鮮血が、タイルの溝を流れる。
火が消えるように、生気がなくなっていく。
もう動かない男を一瞥し、襲撃者は踵を返した。
※
『ジャガー、状況は?』
襲撃者──ジャガーのインカムから、男の声が上がった。
「終わった。ウルフに合流するよう伝えてくれ」
『りょーかい』
あくびをしたのか、通信相手は緊張感のない声だ。
「お疲れさま」と薄闇から、ウルフが姿を現す。
シュマグから覗く黄色い目が、足元の死体へ向けられた。
「すごいねアウル。まだ暗いのに頭を撃ち抜くなんて」
『マズルフラッシュで頭の位置が大体わかる。それで、奴らはどう出るかね?』
アウルと呼ばれた男は、再度あくびをした。
「あとは連中同士で殺し合えばいいさ」
革手袋をはめ、ジャガーは血溜まりに指を突っ込む。
無数の弾痕が走る壁に、血文字を書いた。
──サルバトルは我々のみを愛する。お前たちに祝福はない。
それは目にしただけで、一部の人間が怒り狂う魔法の言葉。
「救世主か。人間はどうして、あんなものを奪い合うの?」
血文字を見上げ、ウルフは首をかしげた。
「さぁねぇ。俺にもわからない」
ジャガーは革手袋を外し、焚き火に放り込んだ。火の粉とともに灰が煌めく。
「帰ろう。汗と砂埃でベトベトだ」
この地域特有の乾燥した赤土は、歩くたびに舞い上がる。
さらに日出前にもかかわらず、温度と湿度が非常に高い。
『しっかし、どいつもこいつも「神の名の下に」なんて叫んでたぜ? 大勢の人間を殺すことが、神とやらが望んでいると思っているのかねぇ?』
「その手の議論は、帰ってからにしよう」
アウルが潜む丘の廃屋を見上げ、ウルフは首を振った。
「ごもっとも」と、ジャガーは天を仰いだ。
風に巻き上げられた赤土が、薄明の空に吸い込まれる。
ウルフの呼ぶ声に、ジャガーは歩き出した。
始まりの朝が、そこまで来ていた。




