3-3.非情
隠れ家は、駅から十分ほどの距離。
ごく普通のアパートの一室だが、IMO所有の物件だ。
「掃除、大変だったでしょ」
荷物を運び入れ、ジャガーは部屋を見回した。
「思い出すだけで鼻水が出る」と、ジェネロはしかめっ面。
「ここで、何人が寝起きするんだ?」
「ジェネロと公女はホテル。ウルフはいないから……。今のところ四人?」
指を折り、ジャガーは首をかしげる。
「うへぇ」
舌を出し、アウルは不満そうだ。
その後、シュッツェは診察を受けた。
体調に問題はなかったが、かなりの疲労が溜まっていたらしい。
しばらくして、座ったまま眠ってしまった。
「ほっとしたんだろうね。面会まで時間はあるし、少し寝かせよう」
ジェネロは微笑み、毛布を広げる。
「アイン。伝えておきたいことがある。……公女の件だ」
それは、ジャガーの言葉から始まった。
公女は行方不明だということ。
別の隊員が潜入を続け、捜索していること。
IMOとは別に影で動く人物──『X』がいるということ。
全てを知ったアインは、やりきれないという風だ。
さらに、シュッツェの知らない事実を告げられる。
「城で騒ぎが起きた頃。なぜか、城外でシュッツェが目撃された」
「そんな……」
意味を悟った瞬間、アインは目を伏せた。
「そう、公女だ。彼女が消えた今、それしか考えられない」
淡々と、ジャガーは続ける。
「どうやって城外へ出たかは、わからない。確実にわかるのは、背後に『X』がいる」
「つまり、公女の行方は『X』が知っているんだね?」
唸りつつ、ジェネロは顎に手を当てた。
「あぁ。ウルフが帰ってくれば、何かわかるはずだ」
頷くと、ジャガーはアインを見た。
「もちろんシュッツェにも話す。その時に、あんたが支えになってほしい」
「……そうだな」と、アインはハッとした顔だ。
「腹、減ったろ。なんか買ってくる」
しんみりとした空気に居心地が悪くなったのか、アウルは外出した。
しばらくして──。
帰宅したアウルの手には、セルキオ名物のハッシュドポテト。
香ばしい匂いでシュッツェは目を覚まし、半日ぶりに食事をとった。
※
アール・ヌーボーと呼ばれる、新しい建築様式。
それを採用した外務省支部の前に、シュッツェ一行はいた。
アウトロー気味のアウルは、堅苦しい場所が嫌いだ。
代わりに、ジェネロが同行した。
「どうぞ、お入りください」
十三時ちょうどに、クレモンが支部から顔を出す。
昼時のためか、あるいは人払いをしているのか、職員の数は少ない。
三階へ上がり、一行は応接室へ入った。
「ご無事でよかった」とサミュエルは、安堵の笑顔だ。
「大使殿、お久しぶりです。この度は、本当にありがとうございます」
心からの感謝とともに、シュッツェは握手を求めた。
「それは、ジョセフにも言ってやってくれ。私ばかり持ち上げられては、彼が拗ねてしまう」
茶化すように言うと、サミュエルは振り返る。
恰幅の良い男が、苦笑いを浮かべた。
セルキオ外務大臣のジョセフ・マルタンだ。
屋外スポーツをしているのか、肩幅が広く日焼けしている。
「まさか、こんなことになるとは……」
人差し指と中指で眼鏡を押し上げ、ジョセフは言う。
「すでに同盟国を始め、各国は抗議の声を上げている。今後、ビエールには経済制裁が行われるだろう」
「あの……」
励ましのつもりだろうが、シュッツェの顔は暗い。
「セルキオ軍による、支援はないのでしょうか?」
勇敢にも、核心へ切り込んだ。
クローネがセルキオと交わした安全保障条約。今こそ義務を果たす時。
動かない同盟国に、苛立ちを覚えていた。
「結論から言おう」
ソファに座り、ジョセフは両手を組んだ。
「今回の件に関して、セルキオ軍は動かせない。ビエールと衝突すれば、クローネは戦場になる。それに──」
もういい、わかった。
耳を塞ぎたくなる衝動が、シュッツェを襲う。
「セルキオは、ビエールの影響を受けていない」
残酷な言葉だ。つまり、巻き込まれるのが嫌だということ。
「我々だけで国を動かしているわけではない。すまないね」
情けをかけるように、サミュエルは呟いた。
「そうですか……」
シュッツェは充血した目を押さえた。投げやりな言葉とともに肩が落ちる。
「簒奪のあと、僕は生きることを諦めていました。ですがセルキオやIMOの力を借りて、僕はまだ生きています」
しばらく経って、抑揚のない声が上がった。
「それだけで充分です」
ありがとうございます。そう言って頭を下げた。
罵られると思っていたのだろう。それだけに、大臣と大使は戸惑った。
「……我々は、心よりあなた方を歓迎します」
ジョセフは立ち上がり、手を差し出した。
公世子の器の大きさに、感動を覚えたのだ。
面会後──。
迎えの秘書官とともに、ジョセフは退室した。
「君は、一人じゃない」
激励の言葉を残し、サミュエルも去った。
「帰ろう」と、ジャガーが呟く。
シュッツェは、疲れ切った顔で頷いた。




