2-3.青天の霹靂
「……やったな」
ネットを投げ、ジャガーは笑った。
続けて、手のひらを構える。
意味を察し、シュッツェはローファイブを交わした。
「ありがとう」
バラクラバを引き抜き、シュッツェはうつむく。
髪が乱れてしまったが直す力はない。
「どういたしまして。……よく頑張ったな」
天を仰ぎ、ジャガーは脱出の余韻に浸った。
その言葉に、シュッツェから涙が溢れた
父の死、簒奪、軟禁──。あらゆる瞬間が、脳裏を駆け巡る。
嗚咽と衣擦れの音は、走行音にかき消された。
「すっきりしたか?」
涙が収まった頃、ジャガーが問う。
「あぁ。窮地は抜け出した。いい加減、正体を教えてくれよ」
赤くなった鼻に手を当て、シュッツェは頷く。余裕が出たのか声は明るい。
「そうだったな。俺は傭兵だよ」
「傭兵? ……傭兵ってあの、傭兵?」
「何だよ、その言い方」と、ジャガーは失笑した。
「俺たちは、国際傭兵組織から派遣された」
「国際傭兵組織? ベイツリー共和国の? 海を渡ってきたのか?」
目を丸くし、シュッツェは質問を重ねる。
「そう。経緯としては、妹さんが竜人を通じて、IMOに助けを求めた」
「どうやって?」
「それはな……」と、ジャガーは言葉に詰まる。
「妹さんが流したメッセージボトルが、パライ人に渡ったって言ったら。お前、信じる?」
薄ら笑いを浮かべ、質問を返した。
「……信じない。というか、ありえない。都合が良すぎ」
シュッツェは、これでもかと否定の言葉を重ねる。
「嘘は言ってないからな」
「……でも、監視にばれずに妹と通じていたなんて。どうやったんだ?」
それは純粋な疑問だった。
しかし、ジャガーの反応は意外なもの。
「何のことだ?」
「え?」
「俺たちは一度も、妹さんとは会っていない」
険しい表情を浮かべ、ジャガーは首を振る。
「でも、手紙が来てた──」
「何だと?」
ジャガーは、シュッツェに詰め寄った。
「詳しく話してくれ」
会話が噛み合わないことに、シュッツェは焦る。
弁解するように、おずおずと口を開いた。
「四日前に手紙が来たんだ。手紙には『ここから逃げたいか?』って書いてあった。『はい』って答えたら、この逃亡に行き着いた」
「それで?」
「三回やり取りした。二通目も『妹は覚悟を決めている。お前もここから逃げたいか?』って。最後の手紙は……そうだ、俺の日記に」
シュッツェは荷物を漁り、手帳を取り出した。
問題のページを開き、ジャガーに渡す。
「……妹さんがくれた『計画書』と同じだ」
「計画書?」
「午前八時前に、ハイルング方面から輸送車が来る。
車を奪えば、城に潜入できる。
自分たちは八時に騒ぎを起こし、暖炉に隠れる。
セルキオ所有の特別列車を使えば、逃亡が容易くなる。
計画書の内容はこんなところだ」
淀みなく言うと、ジャガーは日記を閉じた。
「他に覚えていることは?」
「……駒」
目を閉じたシュッツェが、ぽつりと呟く。
「そうだ。何者なのか聞いたんだ。そうしたら『私たちは駒の一つ』って返事があった。『私たち』って書いてあったから、手紙はIMOからだと思ったんだ」
無言で、ジャガーは視線を落とす。列車が立てる雑音が、一際大きく響いた。
「手紙の主は俺たちじゃない。これは断言できる。……IMOの知らないところで、何者かが動いている」
シュッツェは、背筋が凍る感覚を覚えた。
まさか、幽霊。という言葉は声には出さなかった。
「パライ人にメッセージボトルが流れ着いたのも、仕組まれていたんだな」
後頭部を車体に当て、ジャガーは笑う。
「俺たちはただ、駒のように動かされていたわけだ」




