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4-3.腹が減っては

 霧雨が降っている。音のない静かな雨だ。

 窓辺に椅子を寄せ、アインは外を眺めていた。


 壁時計の針が、午前六時を回る。数分後、扉が叩かれた。


「おはよ。飯、少しでいいから食べな」

 湯気の立つトレーを片手に、アウルが入ってきた。


「わざわざ持ってきてくれたのか?」

 出迎えたアインは、目を丸くする。


 昂った精神は、カモミールティー程度では鎮められない。

 アインの眠りは、意識と微睡まどろみの間を蛇行するようなものだった。

 今の精神状態では、空腹を感じるはずもない。

 朝食に呼ばれるも断ってしまった。


「アナベルさんが気を遣ってくれた。腹が減ってると、マイナス思考になるぜ?」

 アウルはミニテーブルを引き寄せ、トレーを置く。


 野菜スープに、1/3サイズに切られたバケット。

 そして、牛乳たっぷりのカフェオレ。

 朝食にしては少量だが、アインの体調を考えてのことだろう。


「ありがとう。頂くよ」

 キュルル。とアインの腹が鳴る。


 食べ物の匂いに空腹を感じたらしい。

 クローネ語で食事の挨拶を呟き、スプーンを手に取った。


「それ、どういう意味?」

 窓の外を見ていたアウルが、首をかしげた。

 先ほどの挨拶に、疑問を持っているのだ。


「『良い食事を』の意味。君の故郷では、そういう習慣はないのか?」


「俺、まともにしつけられなかったからなぁ。……あ、でも『ジャガー』と飯食う時は『イタダキマス』って言うよ」


「ジャガーって、ネコ科の動物のこと?」

 バケットをちぎる手を止め、アインは首をひねる。


「違うよ。ただのコードネーム」と、アウルは笑った。


「今、兄妹を迎えに行ってる奴の名前。俺が所属する分隊の隊長さ」


「安心したよ。隊長ってことは、かなりの腕利きなんだろうね。……『ジャガー』か。物騒な名前だ」

 アインは、視線を天井へ向けた。 


「確か、シャムロック大陸で『一突きで殺す者』。という意味だったかな」


「へぇ、よく知ってるじゃないか。でも、そんなに怖くない。気さくでいい奴」

 ちょっとガキだけど。とアウルは茶化した。


 アインは朝食を平らげ、カフェオレを一口すする。

「美味しい」と、頬を緩めた。


「さぁ、これから大仕事だ」

 カップが空になったのを見届け、アウルは膝を叩く。

 アインより先に、トレーを手に取った。


「いいよ、自分で返しに行く」

 

「気にすんな。身支度を整えて、七時にエントランス集合な」

 片手を上げ、アウルは部屋を出て行った。


 懐に潜り込まれてしまったと、アインは自嘲した。

 職業柄、警戒心は強い。それ以上にアウルは一枚、上手うわてらしい。


 椅子から立ち上がり、ベッドに寄った。

 ウッドランド迷彩を基調とした、セルキオの軍服。

 半長靴はんちょうかに軍帽、バラクラバ──いわゆる目出し帽だ。


 これから最難関に直面する。たとえ突破しても先は見えない。


 しかし、この先に兄妹が待っているのなら──。

 アインには、引き返すという選択肢はなかった。

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