ともに
ついに、即位の日。
三月の晴天──。
街角の若葉が、色とりどりの花が東風に揺れる。
大聖堂の扉が開き、割れんばかりの歓声が上がった。
新たな大公──シュッツェは笑顔を見せた。
モーニングコートに身を包み、最上級の勲章が煌めく。
クローネ史上最年少の、大公の誕生だ。
レーヴェが纏うのは、水色のローブ・モンタント。
すっかり伸びたダークブロンドが、陽光に輝く。
美しく淑やかな佇まいは、亡き大公妃の再来であった。
フルオープンの馬車に乗り、兄妹は出発を待つ。
やがて、音楽隊の勇壮な演奏とともに、パレードが始まった。
首都の大通りを、豪華絢爛な馬車が走る。
歩道には、笑顔の民衆。祝いの言葉とともに、無数の国旗がはためいた。
その時、一陣の風が吹く。国旗がバタバタと、音を立てるほどの強風だ。
「……あれは?」
髪を押さえ、レーヴェは天を仰ぐ。
何かが、宙を舞っている。
予定外の演出に、警備に緊張が走る。しかし、警戒はすぐに解かれた。
舞い散るは純白の花弁。気づけば、空には無数の白。
感嘆詞とともに、誰もが幻想的な光景を見上げた。
吸い寄せられるように、花弁がシュッツェの手に落ちた。
ユリに似ているが、やや大きい。甘い香りが周囲に漂う。
「これは、カサブランカ?」
レーヴェは目を丸くし、雑踏に視線を移す。
「兄さま。カサブランカの花言葉って、知ってる?」
「いや」
「『祝福』だよ」と、レーヴェから震える声。
その頬を、一筋の涙が伝う。
「……本当に、粋なことをするなぁ」
背もたれに沈み、シュッツェは瞼を押さえた。
歓声や演奏が遠のき、訪れるは一瞬の静寂──。
大公はすぐに顔を上げ、歓声に答えた。
それは、太陽を思わせる笑顔で。
※
争いによって『時代』は生まれ、争いによって『時代』は死ぬ。
その間、人は『平和』を叫び、時代を延命させた。
いずれ、負の歴史は繰り返される。
レヒトシュタート帝国から生まれた火種は、じきにアリステラ大陸全土へ広がるだろう。
しかし、戦争が影を落とす時代であろうと、クローネ公国は存在し続けた。
シュッツェ・ネイガウスは『非武装中立国』を維持し、徹底して中立を保った。
常に感謝を、時にはしたたかさを使い分け。
先代の意志を継ぎ、退位の時まで国民を守り続けた。
レーヴェ・ネイガウスは、人道支援及び動物保護団体を設立。
とある女貿易商の援助もあり、国際的な組織へ成長。
博愛と慈悲の心を胸に、多くの命を救い続けた。
時にはゲリラや密猟者に出くわすこともあったが、悉く蹴散らしたという。
なんでも、オトモの傭兵たちが、とんでもない猛者だったとか。
捨て駒たちの流離譚 -ひっくり返せ、逆境・劣勢・理不尽を- 完