章末 手を引いて
『続いてのニュースです』
パーソナリティーの声が、三月の空に吸い込まれる。
「ザミルザーニ臨時政府のヴィリーキィ首相は本日、会見を開きました。ビエール共和国を、帝国と統合した上で帝政を廃止。また、本日付けで「カスチョール共和国」へ国名を変更するとのことです」
「『篝火』か……」
ガーデニングの手を止め、エクレレは呟く。
「エクレレ様。少々、休まれては?」
カッターシャツ姿の、ニコラが顔を出す。
パラソルの下には、ティーセットが準備されていた。
「ありがとう」
手袋とサファリハットを外し、エクレレは水道で手を清める。
グロワール家御用達の紅茶の香りを肺に溜め、一口すすった。
『帝国は約五百年の帝政に幕を閉じ、共和政へと移行することとなります。首相は、他国との信頼回復に努めたいとコメントしています』
「こちらの帝国は潔く幕を引いたか。……この国はどうかな」
『次のニュースです。クローネ公国の新たな大公の即位式が、明後日に迫っています。半年前の騒動を経ての即位ということもあり、国内外からの高い注目を集めています』
「即位式には何を着ていこうか」
クッキーをつまみ、エクレレは頬を緩めた。
「エクレレ様、いらっしゃいました」と、ニコラが呼ぶ。
どうやら客人が来たらしい。
「久しいな、シキ。……随分と遅い挨拶だな?」
笑顔とは裏腹に、棘のある言葉だ。
「……ごめん。あのあと、あっちこっちに飛ばされてさ。オヤジが『クローネで損した分を稼いで来い』って」
「全く、あの御仁は」
「それで、案内してくれるか?」
ニコラに上着を預け、シキは振り返る。その表情は硬い。
「あぁ、行こう」と、エクレレは立ち上がった。
二人は裏庭を抜け、ポプラの木が広がる小道へ。
そこは、グロワール家の先祖が眠る場所。
骨こそないが、仕えた者の名が彫られた石碑がある。
「ここだ」と、エクレレは足を止めた。
視線の先には、二つの墓標。
一つは年季の入った墓標。もう一つは真新しい墓標。
通常、使用人たちの遺体は家族に渡される。
しかし、この二人に身内はいない。いるとすれば、広大な海の先。
「知っていると思うが、骨はない」
「構わない。……挨拶が遅くなったな」
勇利。と膝を落とし、シキは墓標に微笑んだ。
供えたのは白菊の花束。東洋の国、日輪の象徴。
線香に火を灯せば、細い煙と白檀の香りが天へ昇る。
胸の前で両手を合わせ、シキとエクレレはうつむく。
聞こえるのは、風が木の葉を撫でる音だけ。
しばらく経って、シキは顔を上げた。
「それは?」と、供えられた別の花束を見る。
「これは兄妹から」と、エクレレは頬を緩めた。
清廉かつ、立派な白百合だ。
「こっちはザミルザーニ……。いや、カスチョールの首相から」
墓参りにはそぐわない、真っ赤なカーネション。
「あの国は殉職した軍人に、赤いカーネションを送るらしい」
よかったな。とシキは呟く。しみじみと墓標を見つめ、立ち上がる。
「……それじゃ、また来るよ」
「もう行くのか?」
名残惜しそうに、エクレレは背を見た。
「どうせ明後日まで暇だろう? 茶でも飲んでいけ」
悩んでいるのか、シキは頭を揺らす。
「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」と、振り返った。
「お手をどうぞ、お嬢さん」
「気障ったらしい。やり直し」
苦笑しつつ、エクレレはシキの手を取る。
手を繋ぎ、二人は歩く。エクレレは、空いている右手も握りしめた。
今はもういない、幼馴染の手を引くように──。
第八章 決着 完