表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/145

章末 手を引いて

『続いてのニュースです』

 パーソナリティーの声が、三月の空に吸い込まれる。


「ザミルザーニ臨時政府のヴィリーキィ首相は本日、会見を開きました。ビエール共和国を、帝国と統合した上で帝政を廃止。また、本日付けで「カスチョール共和国」へ国名を変更するとのことです」


「『篝火カスチョール』か……」

 ガーデニングの手を止め、エクレレは呟く。


「エクレレ様。少々、休まれては?」

 カッターシャツ姿の、ニコラが顔を出す。

 パラソルの下には、ティーセットが準備されていた。


「ありがとう」

 手袋とサファリハットを外し、エクレレは水道で手を清める。

 グロワール家御用達の紅茶の香りを肺に溜め、一口すすった。


『帝国は約五百年の帝政に幕を閉じ、共和政へと移行することとなります。首相は、他国との信頼回復に努めたいとコメントしています』


「こちらの帝国は潔く幕を引いたか。……この国はどうかな」


『次のニュースです。クローネ公国の新たな大公の即位式が、明後日に迫っています。半年前の騒動を経ての即位ということもあり、国内外からの高い注目を集めています』


「即位式には何を着ていこうか」

 クッキーをつまみ、エクレレは頬を緩めた。


「エクレレ様、いらっしゃいました」と、ニコラが呼ぶ。

 どうやら客人が来たらしい。 


「久しいな、シキ。……随分と遅い挨拶だな?」

 笑顔とは裏腹に、棘のある言葉だ。


「……ごめん。あのあと、あっちこっちに飛ばされてさ。オヤジが『クローネで損した分を稼いで来い』って」


「全く、あの御仁は」


「それで、案内してくれるか?」

 ニコラに上着を預け、シキは振り返る。その表情は硬い。


「あぁ、行こう」と、エクレレは立ち上がった。


 二人は裏庭を抜け、ポプラの木が広がる小道へ。

 そこは、グロワール家の先祖が眠る場所。

 骨こそないが、仕えた者の名が彫られた石碑がある。


「ここだ」と、エクレレは足を止めた。

 視線の先には、二つの墓標。


 一つは年季の入った墓標。もう一つは真新しい墓標。

 通常、使用人たちの遺体は家族に渡される。

 しかし、この二人に身内はいない。いるとすれば、広大な海の先。


「知っていると思うが、骨はない」


「構わない。……挨拶が遅くなったな」

 勇利ゆうり。と膝を落とし、シキは墓標に微笑ほほえんだ。


 供えたのは白菊の花束。東洋の国、日輪にちりんの象徴。

 線香に火を灯せば、細い煙と白檀びゃくだんの香りが天へ昇る。


 胸の前で両手を合わせ、シキとエクレレはうつむく。

 聞こえるのは、風が木の葉をでる音だけ。


 しばらく経って、シキは顔を上げた。

「それは?」と、供えられた別の花束を見る。


「これは兄妹から」と、エクレレは頬を緩めた。

 清廉かつ、立派な白百合だ。


「こっちはザミルザーニ……。いや、カスチョールの首相から」

 墓参りにはそぐわない、真っ赤なカーネション。


「あの国は殉職した軍人に、赤いカーネションを送るらしい」

 よかったな。とシキは呟く。しみじみと墓標を見つめ、立ち上がる。


「……それじゃ、また来るよ」


「もう行くのか?」

 名残惜しそうに、エクレレは背を見た。


「どうせ明後日まで暇だろう? 茶でも飲んでいけ」


 悩んでいるのか、シキは頭を揺らす。

「……じゃあ、お言葉に甘えようかな」と、振り返った。


「お手をどうぞ、お嬢さん」


気障きざったらしい。やり直し」

 苦笑しつつ、エクレレはシキの手を取る。


 手を繋ぎ、二人は歩く。エクレレは、空いている右手も握りしめた。


 今はもういない、幼馴染の手を引くように──。

第八章 決着 完

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ