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4-3.寄り道と不意打ちと

 セルキオ連邦の北に位置する、ヴェルメル連邦共和国。

 『熱』の意味通り、鉄鋼と鋳造ちゅうぞうで発展した国だ。


 臙脂色えんじいろの屋根が連なり、他国同様に中世の面影を色濃く残す。

 ただ、産業革命の証である、鉄橋や鉄塔が目立つ街並みはヴェルメルならではだろう。


 首都はノイレーベン。アリステラ大陸最大の工業都市。

 世界中の技術者が集い、機械関連の会社が本拠地を置く。

 また『新しく生きる』という意味に惹かれ、多くの労働者が集まる街でもある。


 夜を知らない大都市から郊外へ出れば、閑静な住宅街が広がる。

 午前九時の冬晴れの下。一人の男が、ある場所へ向かっていた。


 そこは鬱蒼うっそうとした森──森林墓地。

 落葉樹は幹と枝のみになったが新緑の時期であれば、生命力に満ち溢れているだろう。

 点在する墓標たちは、静かに来訪者を待っている。


 男は時折、メモと地図に視線を落としてはフラフラと歩く。

 しばらくして、小さな広場で足を止めた。


 前には二つの墓標。長い年月によって黒ずんでいた。

 刻まれた名を指でなぞり、白百合の花束を添える。


「あら、珍しい」と、背後で声。

 籐籠とうかごを腕に下げた、老婆が佇んでいた。


「そのお墓に来る人を、久しぶりに見たわ」

 老婆は、隣の墓標に花を添える。


「確か、軍人さんだったわね。亡くなって間もない頃は、お仲間がよく来ていたの。もしかして、あなたも?」


「まぁ、そんなところです」

 ずれたマフラーを直し、男は頷く。


「奥さんも、あとを追うように亡くなって。……奥さん似のお子さんがいたんだけど、可哀想だったわね。毎日のように来ては、日が暮れるまでお墓の前に座ってた」

 どこかで、幸せに暮らしているといいけどね。と老婆は目を細めた。


「お兄さん、綺麗な髪色だね。あたし好みの優男だ」


「いいんですか? そんなこと旦那さんの前で言って」


「あら、聞かれちゃったかしら」

 今のは嘘だよ。と呟きつつ、老婆は墓標をさする。


「じゃあ、失礼します」

 会釈とともに、男は去った。


「……あのお兄さん、どこかで見たような気がするわねぇ」



 ところ変わり、同国の国境都市ツェニート。

 そこに『アリステラ大陸方面 IMOヴェルメル支部』はあった。


 ヴェルメルを縦断する国際河川が走っており、大きな港町がある。

 好立地にはもれなく、ベイツリー軍の基地も置かれていた。


 世間では仕事に勤しんでいるであろう、平日の真っ昼間。

 ヴェルメル支部の宿舎の一室にて。


「お疲れさーん」の声とともに、掲げられるビール瓶。

 

 クゥーッ。とアウルは声を上げた。


「今回も楽しかったなぁ」

 早々に一本目を空にし、二本目の栓を開ける。

 ブリキのバケツには氷と、たくさんのビール瓶。


「良い結果に着地できてよかった」と、ジェネロ。


「私たちがいない間に、終わっちゃったのは悔しいけど」

 頬杖をつき、ディアは瓶を爪で弾く。


「挨拶なしに別れるのは寂しいですね」

 寂しそうに、セアリアスも同意した。

 

「気にすんな。どうせ、すぐ会えるんだから」

 アウルはソーセージにかぶりつき、ビールをおある。


「え、いつですか?」


「三月だよ。即位式があるんだと」


「そっかぁ。すごいなぁ、シュッツェは」

 瓶を両手で包み、セアリアスは頬を緩める。


「会えるかどうかはわからないよ」

 ビールは口に合わなかったらしい。ヴォルクは、舐めるように水を飲む。


「堂々と会えるとは思っちゃいねぇよ。ちらっと、顔を見に行く程度さ」

 喉を鳴らし、アウルは二本目も空にした。


「ところで、シキは?」と、ジェネロは部屋を見回す。


「ノイレーベンに寄り道してる」


「……あぁ、なるほど」


「墓参りなんて、らしくないことするよな。……あいつも踏ん切りがついたってことだな」

 炭酸が弾ける音とともに、アウルは三本目の栓を開けた。


「あんな戦いのあとに、よく寄り道できるわね」

 ポテトをつまみ、ディアは苦笑。


「オヤジから聞いた話じゃ、手と顔に擦り傷を負っただけだと」


「どんな戦いだったのか、早く聞きたいなぁ」

 すでに酔いが回ったのか、セアリアスの顔は赤い。


 その時、遠くで靴音。重さのある半長靴はんちょうかの音だ。


「英雄サマのご帰還みたいだぜ」

 不敵に笑い、アウルは鞄に手を伸ばす。


 取り出したのはパーティー用のクラッカー。

 各々は手に持つと、壁に張り付いた。


 扉が開くと同時に軽快な発砲音。色とりどりの紙テープに、金銀の紙吹雪が舞う。


「おかえりぃ!」


「うわッ!」と、不意打ちを食らった声が反響した。

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