4-2.歓喜の時
ところ変わり、昼前の首都アオレオーレ。
奪還作戦──表向きには、レジスタンスの暴動から一夜。
外出禁止令は解除され、市内は落ち着きを取り戻していた。
しかし、何も知らない市民たちは、不安を抱き今日を過ごす。
おもむろに、街を行き交う人々が足を止めた。
曇天の空から、ちらちらと雪が舞い始めたのだ。
ある者は足早に立ち去り、ある者はフードを被る。
軒先の商品を引っ込めるため、店主が外へ。
その時──。
市内中の防災無線から、軽快な電子音。
また事件だろうか。と市民たちの顔が強張る。
マイクを叩く音のあと、息遣いが聞こえた。
『こんにちは、シュッツェ・ネイガウスです』
しばらくして若い男の声。
『レーヴェ・ネイガウスです』
今度は透明感のある若い女の声。
『落ち着いて聞いてください。今、私たちはハイリクローネア城にいます』
商品に手を伸ばしたまま、店主はあんぐりと口を開けた。
店主だけではない。道行く全ての人が、拡声器を見つめている。
『長かった戦いが、ついに終わりました。……つらい生活を強いてしまったことを、心よりお詫びいたします。同時に私たちに代わり、国を守ってくれたことに感謝します』
抑揚のない声だが、感情が昂っているらしい。時折、言葉に詰まっている。
『詳細は日を改めて説明します。……今日ここで、クローネ公国の奪還を宣言します』
力強い言葉のあと、無線が切れた。
しんしんと、雪が降る中──。
静寂を破り、一人の老夫が叫んだ。
「クローネ万歳!」と。
それが皮切りとなった。
歓喜はあっという間に波及し、歓声と拍手が上がる。
互いの名も知らぬ民たちは手を取り合い、肩を叩き合い、抱き合った。
肩を組んだ民たちは、調子の外れたクローネ国歌を斉唱。
『常に空は青く。たとえ空が黒くとも、王冠は星のように輝く』
※
無線の電源を落とし、シュッツェは椅子に深くもたれた。
執務室から見えるのは、歓喜に沸くであろう市街地。
久しくも、見慣れた眼下の街並み。違うのは、父の仕事場にいるということ。
「これからだな。で──」
感慨深そうに、シュッツェは頷く。
「お前は、いつまで泣いているんだ?」
「……だって、ちゃんとお礼が言えなかった。シキさんに、ディアさんに、エクレレさんにもっ……」
ハンカチに顔を埋め、めそめそと泣くレーヴェ。
「アウルやヴォルクが言ってただろ。『また会える』って。何も今生の別れじゃない」
苦笑すると、シュッツェは天井を見上げる。
「……必ず、また会えるさ」
それは妹と、己を鼓舞する呟き。
「そういえば。貰った封筒、開けた?」
鼻を真っ赤にしたレーヴェは、ハンカチから顔を上げた。
「あぁ、忘れてた」と、シュッツェは懐を探る。
封筒のフラップを開け、しわだらけの目を手に取った。
「さて、いくら取られるか──」と呟くも、言葉が途切れる。
「そんなに高いの?」
固まった兄を、レーヴェは心配そうに見た。
「あっはっはっ!」
腹に手を当て、シュッツェは豪快に笑う。
何事かと、アインやシュテルが廊下から顔を出す。
「見てみろよ、これ」
シュッツェは涙を拭いながら、メモを差し出した。
「……ふふっ」
メモを見た瞬間、レーヴェも破顔。
「あの二人、あんなに仲良しでしたっけ?」
うふふ。あはは。と笑う兄妹を見やり、シュテルは困惑気味だ。
「参った、参った。どこまでも一枚上手だな」
ひとしきり笑ったあと、シュッツェは目を伏せる。
メモには『G0』。G=ギルダーとは、クローネの通貨単位。
つまり、0ギルダーという意味だ。
「ありがとう。……待ってるよ」
微笑むと、シュッツェは立ち上がる。窓を開け、雪が降り出した空を見た。
吹き込んだ風が、メモを揺らす。木の葉のように、ひらりと舞う。
メモには、まだ続きがあった。
『春に会おう』と──。