3-2.宰相の誓い
不意に、地鳴りが止んだ。
数秒ののち。外壁を覆っていた氷柱が、崩壊を始める。
積雪が舞い上がり、宮殿は靄に包まれた。
全ての氷柱が消滅し、視認性が回復した頃──。
曇天を割り、いくつもの光が降り注ぐ。
久方ぶりの朝焼けに、兵士たちから歓喜の声。
緊張から身をほぐすように、ヴィリーキィから長いため息。
「……終わったな」と、ストレングスが呟く。
殺気は消え、表情は柔らかい。
しばらくして、エントランスホールの扉が開く。
晴天をもたらした、勝者の帰還だ。
兵士たちは割れんばかりの拍手とともに、シキを出迎える。
辺りは、不思議な一体感に包まれた。
「宮殿に残っている兵士たちの収容を」
ヴィリーキィは、背後の兵士たちに振り返った。
ようやく、無惨に散った同胞を弔える。
「はい」
兵士たちは敬礼を解き、一斉に宮殿へ。
しかし勝利の興奮が冷めないのか、奇声を発しながら飛び跳ねた。
「ご無事で何よりです」
ヴィリーキィは、絹のハンカチを差し出す。
「汚れてしまいます」と、シキは遠慮がちだ。
とはいえ粉塵や血で汚れた顔では、悪目立ちするだろう。
「構いません。すぐに傷の手当てをしましょう」
「はい。……あ、その前に」
宰相。と改まった声色で、シキは呼び止めた。
「この戦いが終わったら、例の問答を再開する。と言ったお話、覚えていますか?」
「もちろん。今、教えてくださるのですか?」
シキに向き直り、ヴィリーキィは姿勢を正す。
「あなたは宰相を続けるべきです」
「……やはり、そうきましたか」と、ヴィリーキィは笑う。
反論することはせず、次の言葉を待った。
「この国は大きな変化を迎えます。その時に必要なのはあなたの存在だ」
「……何も、罪を犯した私でなくとも」
「では、戦いを知らぬ者に任せる。というのですか?」
「……それは」
虚を突かれ、ヴィリーキィは顔を上げた。
「過ちを繰り返すのはいつの時代も、当時を知らない者ばかり。この戦いを知る者だからこそ、国を良い方向へ導けると信じています」
「……私に、ウームヌイの跡を継げと?」
「はい。皇帝──あなたの友人は国を変えようとしていた。……サイファの願いも同じだったはずです」
情に訴えるようなありがちな言葉だが、深く刺さったらしい。
亡き幼馴染たちの顔を思い出したのか、茶色い目が潤む。
目を強く瞑り、ヴィリーキィは息を吸った。
「私のことを買いかぶり過ぎでは?」
「そうですよ。だから、ここまで言っているんです」
飄々とした態度で、シキはニヤリと笑う。
「……そこまで言われては断れません」
シキの目を見つめ、ヴィリーキィは胸に手を当てた。
「この身をかけて、国を変えると誓いましょう」
聖書に宣誓するよりも、この若者に誓った方がよっぽどの大義がある。と感じたらしい。
つい最近まで敵同士だった二人が、固い握手を交わす。
互いの手は冷え切っていたが、すぐに離れることはない。
その様子を傍観していた、ストレングスが割って入る。
それは、あらゆる余韻をぶち壊すものだった。
「さっさと帰るぞ。ベイツリーに」