2-2.虎の尾を踏む
最終決戦の火蓋が、切って落とされた。
最奥まで跳び、シキが先手を打つ。
スニエークの脳天めがけ、両手持ちの刀を振り下ろした。
風切り音の大きさが、その威力を物語る。
躱されるのは想定済み。
切先が床にめり込む瞬間、柄から右手を離し、左に薙いだ。
怒涛の追撃を、スニエークはレイピアで受ける。
しかし、本調子ではないらしい。わずかに体がぶれた。
それが気に入らなかったのか、眼光鋭くシキを見た。
刀身にレイピアを当てたまま滑らせ、一気に間を詰める。
シキはすぐさま後退し、襲いくるレイピアを躱す。
最後の刺突は頭を捻って避け、反動を利用し、真一文字に刀を薙いだ。
間一髪のところで斬撃を躱し、スニエークは飛び退く。
マーメイドラインのドレスの裾が、ふわりと舞った。
追撃しようと駆けるシキに、手を掲げる。
牽制のために、氷柱が姿を現した。
右足首を捻り、シキは急停止。
互いの殺気がぶつかり合い、ひりつく空気が立ち込める。
しかし、応撃に転じることはなく、スニエークは首をかしげた。
「何なの?」と、小声が上がる。
シキは攻撃的かつ、力強く重い一撃を放つ。ただそれだけ。
なぜか、一向に風を使おうとしないのだ。
無言でシキは地を蹴った。しなやかに足を踏み出し、最高速度へと達する。
今度は、下方向からの逆袈裟斬り。神速の切先が、スニエークの喉へ迫る。
パキン。という音を立て、氷が散った。
シキの斬撃は、スニエークの手に受け止められた。
「手を抜いているの?」と、抑揚のない声。
無表情のスニエークは、まさしく氷の彫像の如し。
這い出た冷気が、刀の切先を掴む。凍結音とともに、刀身に薄い氷が張る。
氷はじわじわと、シキの手元へ。触れれば最後、全身が一瞬で凍結するだろう。
危機が迫っているというのに、シキは飛び退くことはない。
青い目が、ただスニエークを見つめている。
「……イライラする」と、スニエークが感情を乱した。
左手で刀を押さえたまま、右手のレイピアを突き出した。
シキの心臓めがけ、切先が迫る──。
ようやく、シキが動いた。
一歩下がると同時に、あろうことか得物から両手を離す。
そのまま、空いた左手でレイピアを掴んだ。
刺さりはしなかったものの、擦れた刃によって手のひらが切れる。
流れた血が滴り落ち、赤い斑点模様を作った。
これには、スニエークは意表を突かれる。
さらに、シキの顔を見た瞬間、目が見開かれた。
負傷したというのに、シキは笑っていた。
「つかまえた」と、紫色の唇が動く。
氷漬けにされた刀は消え、主人の手元へ。
いつかの戦いが、鮮明に蘇ったのだろう。全てを察したスニエークは、とっさに下がった。
しかし、時すでに遅し。
パチン。と音を立て、シキの血が燃え上がる。レイピアを一瞬で溶かし、業火がスニエークを襲う。
この戦いは、短期決戦で終わらせる。
素早く弱体化させるには、炎が最も有効だ。
スニエークが動きを止め、炎が確実に当たる瞬間を、シキは待っていた。
「いたい……、あぁ……」
蒸発音とともに、全身から水煙。血の代わりに、雫がとめどなく落ちる。
やがて炎をまともに受けた足は解け、スニエークはへたり込んだ。
欠損した右手に力を込めるも、再生が遅い。
まさか。とスニエークは顔を上げた。
宮殿内部の気温が上がりつつある。その上、低温状態を促進させる風がない。
「気づいたか?」と、シキは刀を振った。
「風は使わせない」
負傷した手に包帯を巻き、端を縛り上げる。
「氷点下から引きずり出せば、こんなに戦い易いとはね」
煽るような冷笑に、スニエークが動いた。
「なめるなッ!!」と、怒号を放つ。
掲げた華奢な左腕が、脈動のように蠢く。
瞬間、氷の棘が次々と飛び出した。
シキへ伸ばすかと思いきや、床へ突き刺す。
腕は一本の幹となり、根を張るように広がっていく。
地中には凍った大地──永久凍土。
ズン。と突き上げられたあと、宮殿全体が揺れ、地鳴りが響く。
地中からの殺気を感じ、シキは近くの壁へ。
床を蹴って飛び上がると、風を使いながら壁を走る。
天井付近まで到達し、刀を壁に突き刺した。刀身の上に乗ると下を見る。
大理石の床を割り、いくつもの氷柱が伸びている。
まるで大口を開ける虎のよう。足の踏み場はない。
広間は一瞬にして、スニエークの独壇場となった。
氷柱が天井へ伸びるも、減速し崩壊していく。
暖気は高所に溜まる。ひとまずは安心だが、このままでいるわけにはいかない。
どうするか。と思案するシキだったが、どこからか聞こえた声に動きを止めた。