2-1.薄氷を踏む
寒々としたエントランスホールに響く、開扉の音。
差し込んだ外光によって、シキの影が伸びる。
電力が途絶えているらしく、宮殿内部は闇が広がっていた。
ランタンを掲げ、シキは闇の中へ。
暖房なしの室温は、外気と変わらない。吐息は白く、じっとしていれば芯まで凍えるだろう。
エントランスを抜け、幅と長さのある廊下へ。
天井近くの壁を突き破り、あちこちから伸びる氷柱。
ストレングスの熱波により、解氷が始まっている。
雫が落ち、大きな水溜まりを作っていた。
しかし、水溜まりは赤かった。
天井を見上げ、シキは「あぁ」と呟く。
氷柱に、人が貫かれている。それも、一人や二人ではない。
床にも無数の死体。さらに、廊下から繋がるどの部屋にも、串刺しにされた死体が並ぶ。
あるいは氷漬けにされた死体が、あちこちに転がっていた。
スニエークの討伐にと、派遣された兵士だろう。
この惨状を見るに、なす術などなかったに違いない。
無数の死体を跨ぎ、シキは歩を進める。廊下を抜けた先には、謁見の間。
巨大な扉に、シキは手を掲げた。集めた風により、重厚な扉が軽々と開く。
見上げた先には、高い天井。
装飾や描かれた宗教画も相まって、荘厳かつ神々しい。
採光用の窓も多く、開放感がある。
ロココ調の白壁には金の燭台が並び、薄闇の中でも輝いていた。
シキは、ランタンの火を手に取る。
吸いついた炎が弾けたあと、無数の蝶が羽ばたいた。
花に吸い寄せられるように、赤熱した蝶は燭台へ。
少しずつ火が灯るさまは、夜空に輝く星のよう。
金の装飾は輝きを増し、大理石の床に光沢と反射を与える。
広間の最奥──玉座がある場所に、大きな氷塊が鎮座していた。
腰の高さほどの、透明感のある純氷だ。
「いつまで隠れているつもりだ」
ランタンを床に置き、シキは氷塊を見た。
凍結音とともに、氷塊の形が変わる。
まず、ヒールを履いた足。続いて、純白のドレスを纏った上半身。
最後に彫刻のように整った顔と、真っ白な髪が形作られた。
「久しぶりね」と、厚みのある唇が動く。
黄金の玉座に座り、スニエークは長い足を組んだ。
見下ろす僭帝と、見上げる反逆者。
重たいコートを脱ぎ捨て、シキは一歩踏み出す。
「いつまで虚勢を張る?」
「その言葉、そのままお返しするわ。あなたも、かなり無理をしているでしょう」
「間違いじゃないな」と、シキは笑う。
「それも今日限りだ。終わりにしよう」
伸ばした右手に集う、青い光。構えられた刀身が、金属的な音を立てた。
「いいでしょう」と、スニエークは立ち上がった。
広間に響く軽快なヒール音。手には氷のレイピア。
「あなたを全力で圧倒する。かかってきなさい」
水色の目が、赤に染まった。レイピアを振ると、燭台の火が一瞬で消し飛ぶ。
薄氷を踏めば最後。あと戻りはできない。