1-1.ミー散乱
【ここまでのあらすじ】
警護官シュテルを筆頭に、憲兵らの協力の甲斐あって、シュッツェ一行は憲兵局を奪取。同時刻、気象兵器らによってハイリクローネア城も奪取した。
僭王リーベンスは自決し、ついにクローネ公国の奪還に成功。
かと思いきや、撤退中のビエール軍が引き返して来た。
一行は待ち構えるも、姿を現したのは拘束されているはずのビエール宰相──ヴィリーキィ。
なんと、彼も勇利の協力者だった。
ザミルザーニ帝国内ではスニエークの討伐が始まり、多くの犠牲が出ている。そこで、シキに加勢を頼みたいという。
断る理由はない。仇を討ち世界を守る。という勇利の願いを果たすため、シキは再度、帝国へと向かう。
全てに決着をつけるために。
アリステラ大陸北方の国、ザミルザーニ。
永久凍土と、針葉樹林が国土の大半を占める。
北の海は年中、流氷が漂い沿岸部からの侵略を阻む。
陸続きの南には『北壁』と、称されるムグラー山脈。
千メートル級の山々は、古来より他国の侵略を退けてきた。
ザミルザーニが軍事面で急成長を遂げたのも、天然の要害があってのこと。
中世ではレヒトシュタートと、小競り合いを繰り返していた。
当然、南部を監視するために緩衝国が要る。
そこで、ザミルザーニは領土の一部を切り離した。のちのビエール共和国である。
時代は近世へと移り、レヒトシュタートは衰退。
代わって、ザミルザーニが大陸最大の軍事国家へと台頭。
緩衝地帯に過ぎなかったビエールは、今や南部への領土拡大の拠点となった。
しかし、役目は終わりに近づいている。
否。終わりではなく、生まれ変わるのかもしれない。
※
冬のザミルザーニは日の出が遅い。朝七時を過ぎたというのに空は暗い。
季節的な要因はともかく、太陽を遮る吹雪のせいでもあった。
首都ウラガーンは、猛吹雪の真っ只中。
通りを歩く市民は皆無。車もほとんど走っていない。
建物に道路に畑に河川。全てを白が覆いつくす。
木々は葉を落とし、すっかり生命力を失った。
色のない風景は、寂しさと寒々しさを覚えるだろう。
雪が降りしきる闇の中、煌めくハロゲンライト。
寒冷地仕様の軍用車が、大通りを抜ける。
行き先は、スニエークの牙城となったペンタグラマ宮殿。
緑青色の外壁に白い屋根。
青空の下よりも、雪の中にある方が美しさが際立つ。
建物は左右かつ長距離に渡って広がり、山を思わせる。
内部は優雅な曲線と金の装飾が特徴的な、ロココ建築である。
宮殿前に軍用車が止まり、兵たちが敬礼で出迎えた。
後部座席から、ヴィリーキィとシキが降りた。
どちらも毛皮の帽子にロングコート、マフラーに手袋と重装備だ。
ビエールから、列車に揺られ丸一日。
帝国への再潜入は、逃亡よりも容易かったことだろう。
心臓部である宮殿周囲は、異様な光景が広がっていた。
宮殿を囲むように、無数の篝火が灯されている。
油をたっぷり含んだ松の薪が放り込まれては、生き物のように炎が揺れる。
天を焦がす。という表現が適切だ。
空は黒と赤が混ざり合い、不気味な色に染まっている。
のちに、物理学者が『ミー散乱』と名付けた現象だ。
「照明弾が落ちたみたいだ」
空を見上げ、シキは呟いた。
「あれは……火事の跡ですか?」と、宮殿の中心を指さす。
正面は黒く焦げ、窓ガラスが割れている。
優美だったはずの宮殿の顔は、無残な有様だ。
「スニエークに対抗するために、火炎放射器を使用しました。その際に抵抗を受け、多くの兵が犠牲に……」
炎を投射するための足場は崩落し、鉄骨が宙づりのまま放置されている。
風が唸る中、軋む音が響いていた。
「では、あの氷柱も?」
内部からはいくつもの氷柱が伸び、まるで壁を這う茨のよう。
「えぇ」と、ヴィリーキィは目を伏せた。
「氷柱に貫かれ、死んだ者もいます」
「……むごいことを」
「一瞬ではありますが、スニエークに火を浴びせたという報告があります。彼女が動かないのは痛手を負っているからでしょう」
そう言って、ヴィリーキィは庭の隅を見た。
宮殿を監視するために、簡易的な詰所が設けられている。
「突入の前に確認を行いましょう。それと助っ人がお待ちです」
「助っ人。……嫌な予感」
赤くなった鼻をさすり、シキは苦笑した。