5-2.兄妹の戦い
高い天井に、ざわめきが反響した。
会見場に現れた兄妹に、いくつもの視線が集中。
クローネ新聞にラジオ局、政治雑誌といった国内大手のマスメディア。
さらに、世界的な通信社のジャーナリスト。
「何度も申し上げた通り、撮影禁止になります」
声を張り上げるのは、憲兵局の広報。
着席後、シュッツェはマイクを叩く。深く息を吸い、会見場を見回した。
公世子として街を歩けば、誰も彼もが手を振ってくれる。
スピーチをすれば、温かい視線と拍手。
今、注がれるのは鋭い視線。『公世子だから』と守られることはない。
「お集まりいただき、ありがとうございます。質問はあとで受け付けます。……まずは、一連の経緯を聞いてください」
シュッツェは、これまでの日々を思い出す。
父の死を皮切りに、何気ない日常が崩壊した。
全てを諦めかけた最中、差し伸べられた手。
それは同盟国でも国連でもない、無関係の傭兵たち。
どの国や要人よりも頼もしく、どんな軍よりも強かった。
「IMOの協力があってこそ、ここに至ることができました」
マスメディアは、非合法組織であるIMOとの関係を追求する。と予測したシュッツェは先手を打つ。IMOを守るために。
「……彼らはあらゆる脅威から、私を守ってくれました」
いつだって仲間が守ってくれた。自分の代わりに手を汚して。
「そして──」と、シュッツェはレーヴェを見た。
「軟禁場所から、別々に脱出した妹と再会を果たせました。その後、ビエール撤退という情報を掴み、クローネに戻りました」
「……ここまでで、質問はありますか?」
目配せを受け、広報が声を上げる。
すぐに、いくつもの挙手。ここから、質問という名の矢を躱さなければならない。
まずは国内大手、クローネ新聞の社会部記者。
真実を求めるならば、食らいついて離さないという肉食タイプだ。
「質問の前に、ご無事で何よりです」と、男の記者は頭を下げた。
「先ほど『脅威』とおっしゃられましたが、具体的に教えていただけますか?」
挑戦的な記者の視線。わかった上で訊いている。とシュッツェは判断した。
「ビエールの宗主国である、ザミルザーニの暗殺組織による襲撃です」
「……まさか『リオート・ヴォルキィ』でしょうか?」
意外な返しに、記者は動揺を見せる。
「はい。解体したと思われていましたが、密かに復活していました」
マイクに顔を近づけるのが煩わしくなり、シュッツェはスタンドから外した。
「そして、一連の事態を引き起こしたリーベンス・ヴェルテュヒ・シックザールですが。……先の騒ぎで死亡しました」
湧き上がる水のように、会見場がどよめく。
動揺が消えるのを待って、シュッツェは言葉を続けた。
「逃げきれないと判断したらしく、自ら命を断ちました」
「質問をよろしいですか?」と、女の声。
クローネ新聞社会部、公族担当の女記者だ。
「諸悪の根源とはいえ、ご兄妹にとっては数少ない肉親だったかと思います。……今、どのようなお気持ちでしょうか?」
機嫌を窺うような、歯切れの悪い口調だ。
「確かに、両親を亡くした私たちにとって、リーベンスの存在は支えでした。ですが、罪を赦すことはできません。悲しいだとか、つらいといった感情はないです」
断固とした物言いに、女記者は息をのむ。
「……他に質問はありますか?」
ハンカチで汗を拭い、広報が声を上げた。
挙手したのは、女のジャーナリスト。
簒奪後もクローネに留まり、隠れながら取材を行っていたとか。
「私からは、公女殿下に質問があります」
気の強そうな目が、レーヴェを見た。
「消息不明と聞いていましたが、こうしてお姿を拝見でき安心しました。……潜伏生活はおつらい日々だったと思いますが、どのような日々を過ごしていたのでしょうか?」
「……お答えします」
スタンドからマイクを外し、レーヴェは静かに語る。
「まず、私が消息不明になったことには理由があります。……逃亡の際、私は兄に変装し、監視の注意を引く役を担いました。そのために、髪を切り落としたのです」
驚きの声とともに。記者たちは身を乗り出す。
公女といえば、ダークブロンドのロングヘア。
ミディアムショートの髪型に、違和感を抱いていたのだろう。
「その後、私は協力者の力を借り竜人自治区へと隠れました」
「『協力者』とは、IMOのことでしょうか?」
流石は傾聴力に長けるジャーナリスト。言葉の矛盾や違和感を見逃さない。
レーヴェは言葉に詰まる。
言うべきか。という迷いを感じ取り、シュッツェが代わった。
「いえ、IMOとは別の協力者です」
記者たちはどうしても、IMOを槍玉に上げたいらしい。
ならばと、シュッツェは話題を変える。
「協力者は、ビエールやザミルザーニ側の人物です」
今日一番の大きなざわめきが、会見場に響いた。