4-3.懐古・二人の反逆者①
それは、細かい雪が舞い散る日のこと。
ヴィリーキィは、五面彫刻の柩を覗いた。
自身と同じ、シェブロンに整えられた髭。
絹の胴着に、金の刺繍が施された絢爛な死装束。
元より白かった肌は一層白く、くすんで見えた。
皮肉にも柩を彩る白百合の美しさと、透明感が際立っている。
ザミルザーニ皇帝──ウームヌイ・サスーリカ・カスチョールは四十三歳で生涯を終えた。
「……約束が違うじゃないか」
幼馴染の顔を見つめ、ヴィリーキィは呟く。
ビエールの宰相になる。という幼少期からの約束を、やっと果たせたはずだった。
右腕として友を支えるつもりだった。
何を言っても、死者は返事も謝罪もしない。
拳を固め、ヴィリーキィは踵を返す。
参列席に戻る際、ある女の顔を横目で見た。
黒のワンピースに身を包んだ、ウームヌイの後妻。
前妻の死から日が浅く、結婚には多くの反対が上がった。
大規模な結婚式はせず、今日まで公に出ることはなかったのだ。
喪主である妻の初登場に、参列者はざわついた。
雪のような白髪。氷瀑、あるいは流氷を思わせる水色の目。
誰もが見惚れ、ウームヌイが妻にしたいと急いた理由に納得した。
しかし、ヴィリーキィは疑問を抱いていた。
哀悼の意が、彼女から伝わってこないのだ。
参列者に感謝を述べることも、柩を見ることもない。
放心状態なのだろう。と他人は同情するだろうが、異様に感じた。
寝ても覚めても疑念は消えず、むしろ膨らむばかり。
本当に、ウームヌイは急性心不全だったのか?
やはり、後妻が関与していたのか?
後妻──スニエークが纏う無機質さ。
その上、彼女の嫁入り後、帝国は冷夏と豪雪に見舞われた。
そもそも、あの女は人間なのか?
その結論に至った時、ヴィリーキィの探究心が動く。
過去の気象データや事件事故の記事を漁り、古本屋を訪ねた。
時には権限を利用し、図書館や博物館の未公開エリアにも入った。
ある日のこと──。
いつものように、閉館後の帝国図書館で資料を探していた時。
初めこそついて回られたが、今では警戒心をなくした司書が退室した。
歴史や考古学に傾倒する、勉強熱心な宰相だと思われているらしい。
秘書には、近くの茶店で時間を潰せと伝えてある。
完全に一人になった隙に、ヴィリーキィは古文書の棚へ。
気象兵器の詳細が載っていると聞いた、一冊の本を手に取った。
損傷が激しく、タイトルは読めない。
ところどころ虫に喰われ、ページも抜け落ちている。
司書は約五百年前の本だと言っていた。
『ある日、災いが地中より生まれた。
災いは竜へと姿を変え、大地を震わせる。
天を統べる竜は対抗するも、圧倒的な力に倒れた。
いくつもの国が瞬く間に滅び、無数の命が失われた。
人々が絶望した時、救いはヴラスタリ(現在のアストラ)より現れる。
天竜より生まれた兵──四人の気象兵器だ。
気象兵器は竜人と獣人、人間を束ね邪竜を討った。
力を剥奪され、邪竜は消滅した。
残された『地の力』は、気象兵器たちに分配された。
以下、気象兵器の名を記す。
天王…始祖であり天竜、アネモス・ドラコーン。
氷妃…獣人の女王、クリュス・ティグリス。
炎将…獅人の将、フロガ・リョダリ。
雷臣…鳥人の長、ケラヴノ・オルニス。
水騎…魚人の民、ネロ・オピス。
反逆の気象兵器
地帝…始祖にして天竜の兄、エザフォス・ドラコーン』
よく練られたおとぎ話だと、大多数が鼻で笑うだろう。
しかし、ヴィリーキィは『氷の気象兵器』という言葉に目が止まった。
氷といえば冷たい。氷点下あるいは『雪』を連想できる。
何の気なしに、氷の気象兵器──クリュスのページを開いた。
クリュスは今や絶滅した獅人族の派生である、白虎の血を引くらしい。
容姿は極めて美麗で、水色の目に白絹のような髪。
氷を司り降雪を招く。女王の座を降りたあとは、北方へ隠棲した。
「……やはり」
類似点の多さに、ヴィリーキィは息をのむ。
点と点が、一本の線で繋がった。
近代化したこの時代にも、気象兵器は生きていたのだ。
手帳を取り出し、万年筆を走らせる。
その時、首筋に刃物が当てられた。ヴィリーキィは、反射的に身を固める。
「こんばんは、宰相」
ひどく冷たく、無感情な男の声。
刃物を見た瞬間、ヴィリーキィの目が見開かれた。
特徴的な波紋に片刃の剣。この業物を持つ、人間のことを知っている。
震える足を必死に動かし、ゆっくりと振り返った。
目の前には仮面がいた。底知れぬ不気味さを纏う、死者の顔が。