4-1.理解者
「ザミルザーニに? 今から!?」
シュッツェは、ソファから立ち上がった。
「あぁ、ビエールが列車を出してくれるそうだ。待たせちゃ申し訳ないだろ」
頷くシキは、荷造りの手を止めない。
「信用し過ぎじゃないのか? 罠だったらどうする?」
「それは、この目で確かめるまでさ。で、お前らも来るか?」
手袋を弄びつつ、シキは振り返った。
「俺はパス」と、ネロは即答。
「氷と水じゃ、クリュスが格上だ。俺が戦えば、すぐ凍らされちゃうよ」
「私も遠慮する。クローネに残り警戒を続けよう。そもそも、我々の助太刀は必要ない」
腕を組み、ケラヴノは机の端に腰掛けた。
「帝国にはフロガを派遣する」
「オヤジ? まぁ、序列的には上か」と、シキは頷く。
「だが、フロガは後方支援のみだ。あいつは手加減を知らん。勢いのままにクリュスを消滅させるだろう」
「消滅させると、まずいことでもあるのか?」
片手を上げ、シュッツェが口を挟む。
「クリュスの意識が消滅するだけであって、力の集合体である『核』は失われない。だが、核は意識や自我を持たぬ非常に不安定な存在。核を制御する『器』が必要不可欠だ」
「『器』っていうのは俺やケラヴノ、シキのこと。だから、器は『気象兵器』って呼ばれるんだ」
ケラヴノの言葉を、ネロが引き継ぐ。
「つまり。クリュスが死ねば、新しい『器』を探さなきゃいけないってこと」
シキは糸くずをつまみ、ゴミ箱へ弾き飛ばした。
「それより。皆、一息ついてこいよ。俺はまだ出発しないから」
時計の針は、午後五時を過ぎていた。冬の日没は早く、夕闇が広がっている。
ほとんどが退室し、シキとケラヴノだけが残った。
「シキ」と、ケラヴノが沈黙を破る。
「傷は癒えていないだろう。無理をさせてすまない」
「傷なら、ほとんど治ってるよ?」
「外傷じゃない。『心』のことを言っている」
ケラヴノは、自身の胸を軽く叩いた。
「あぁ、そっちの傷ね」
もう平気。と呟くも、シキの声は小さい。
「……あいつが死んだって実感が、まだ湧かないんだ。突然過ぎたからかな」
荷造りを止め、手のひらを見つめた。
「それどころか、今も近くにいるような気がするよ」
「それは気のせいじゃない。勇利は、お前の中で生きている」
立ち上がり、ケラヴノはシキの前へ。
「だからこそ、私は共闘しない。お前と勇利でスニエークを倒してこい」
「……あんたが、勇利の理解者でよかったよ」
厚手のコートを握り、シキは微笑む。
「私のおかげじゃない。お前がいたことが、勇利にとって救いだっただろう。自分と似た境遇と共通の仇を持っていた。だからこそ、お前に託したんだ」
お前こそ最大の理解者だ。とケラヴノは頷く。
「外で待っている」と言い残し、廊下へ出て行った。
「……行くか」
呟きと同時に、パチン。とトランクの留め具が閉まる。
コートを片手に、シキは部屋をあとにした。