3-2.フェンスを越えて
憲兵局の正面入口には、鋼鉄のバリケードフェンス。
手前には武装した憲兵たち。
物々しい雰囲気の中、ネロは笑顔だ。
たしなめているのか、ケラヴノはうんざりした表情だった。
「お出ましか」
遠くを見やり、シキは目を細めた。
数台の車列が、一直線に憲兵局へ向かっている。
たった数台といえど、相手は一国の軍。銃火器の違いで、戦況は簡単に覆るだろう。
門前にトラックが停車し、大勢のビエール兵が降りた。
そのまま攻勢に出るかと思いきや、フェンスを挟み一列に並ぶ。
臆することなく、憲兵たちは盾や銃を構えた。
「投降を促す気か?」と、アインは独りごちる。
緊迫した空気の中──。
ビエール兵の間から、一人の男が姿を現した。
この場には似合わない、紺色のビジネススーツ。
ツーブロックの栗毛に、シェブロンに整えられた髭。
男の顔を見た瞬間、憲兵やアインはおろか、シキも目を剥いた。
「我々に敵意はありません。話をしませんか?」
一歩踏み出し、スーツの男が言った。
「……ヴィリーキィ・シーリウス」
しばらくして、シキが男の名を口にした。
ビエール共和国宰相であり、リーベンスを唆した張本人。
内乱の罪に問われ、拘束されたはず。
しかし、気品を感じる顔つきや佇まいは、とても罪人だとは思えない。
「……どうする?」
呆然とするアインに、シキは耳打ちした。
「……応じるしかないだろう」
「だよな。俺が話をしてくる。兄妹に面会させる是非は、そのあとに判断しよう」
最善の策だと、瞬時に判断したらしい。
「頼んだ」と、アインは即答した。
いくつもの視線の中、シキは前へ進む。フェンスを挟み、ヴィリーキィと対峙した。
「ご安心ください。気象兵器が化けているわけではありません」
刺すような視線に、ヴィリーキィは苦笑した。
「そのようですね。……話をしたいと、おっしゃっていましたが。すぐにシュッツェとの面会はできませんよ?」
「ご心配なく。私が話をしたいのは他でもない。あなたです」
「……俺ですか?」
意外な返答に、シキは目を見開いた。
「……実は、俺もあなたと話がしたいと思っていました」
「互いの考えが一致したというわけですな。なら話は早い。ここを開けて頂けますか?」
ヴィリーキィは、フェンスを一瞥。
「ここからは一人で参りましょう」
「……ちょっと待ってくださいね」とシキは、仲間たちへ振り返る。
すぐに、アインが大きく頷いた。合図を受け、憲兵がフェンスを開ける。
ゆっくりとした足取りで、ヴィリーキィはフェンスを抜けた。
いくつもの懐疑的、あるいは怒りの視線を一矢に受けて。
静まり返った廊下に響く、二人分の靴音。
互いに目を合わせることもなく、無言で歩き続ける。
応接室に入り、ようやくシキが声を上げた。
「それで。一国の主が、一介の傭兵に何のご用でしょうか?」
「今は一国の主ではありません」
ヴィリーキィは、シキを真正面に捉えた。
「一人の人間として、あなたと話がしたい」
目には覚悟を予感させる、強い光が宿っていた。