2-1.僭王の城へ①
ハイリクローネア城への道を、三人の気象兵器が歩く。
城一つを陥落させるには、あまりにも大げさだ。
「面倒だなぁ。僭王ごと潰せばいいのに」
ゴシック様式の城を見上げ、ネロは笑う。
「お前は極端すぎる」と、ケラヴノからため息。
「ここはクローネ復興の拠点であり、兄妹の家だ。城を壊すなど絶対にさせないからな」
「でもさ、場外乱闘に持ち込まなきゃ、城はメチャクチャになるよ?」
「心配無用。リーベンスは自ら、水面へと上がってくるだろう」
「君は、遠回しな表現が好きだねぇ」と、ネロは首を振る。
「はい、無駄話はそのくらいで」
両手を叩き、シキは振り返った。
「作戦開始といきますか」
※
同刻、昼下がりのハイリクローネア城。
何も知らないリーベンスは、コーヒーをすすった。
優雅なひと時とは裏腹に、心を支配するのは焦燥感。
ビエールの撤退が、じきに完了する。
強力な後ろ盾を失ったと知れば、シュッツェが攻勢に転じるだろう。
逃亡しようにも、国境は封鎖されている。
何より、リーベンスが逃亡を躊躇っていた。
せっかく手に入れた王座を、敗北という形で手放したくない。
断続的に貧乏ゆすりを繰り返しては、眼鏡を押し上げる。
下を向いていると、段々とずり落ちてくるのだ。
今のリーベンスには、テンプルのゆるみを直す余裕はない。
「リーベンスさん!」と、濁った声。
部屋に入ってきたのは、大柄な傭兵だ。
「城の正面にシュッツェがいます!」
傭兵の言葉に、リーベンスは反応ができなかった。
「……何を言っている?」
数秒ののち、半笑いとともに返事が上がる。
「本当です!」と、傭兵は切迫した様子だ。
「まさか──」
早すぎる。とリーベンスは呻いた。
スラングとともに、拳をテーブルに叩きつける。
数人の傭兵を伴い、早足で廊下へ。無論、リーベンスの頭の中は疑問で一杯だ。
ビエールが撤退を始めた時点で、シュッツェは動き出していた。
撤退が事実だと確信している。そもそも、どうやってクローネに侵入したのか。
そんなことを考えつつ、エントランスホールへ。両開きの扉が、重厚な音を立て開く。
広がる光景に、リーベンスは息を止めた。
「叔父さん」と、悲痛な声が上がった。
ダークブロンドのクラウドマッシュに、緑色の目。
間違いない。何度もなぶり殺しにする夢を見た、憎き甥だ。
「シュッツェ……」
間違いであってくれ。そんな願いは容易く砕かれた。
さらに隣りの男を見た瞬間、リーベンスの怒りが増幅される。
銀髪に青い目の男。この男に何度も出し抜かれた。
ようやく捕まえたかと思いきや。一発、殴りつけるだけに留まった。
「もう、やめてくれ!」と、シュッツェが叫ぶ。
「ビエールが撤退した今、あんたに勝ち目はない!」
リーベンスの頬が、ピクピクと動いた。
「黙れ!」と、怒号が飛ぶ。
「……もういい。もういい!」
あらゆる葛藤を払拭するように、頭を振った。
「お前を生け捕りにするのは、もうやめだ!」
狂ったように叫ぶと、人差し指を突きつける。
自身の手で、息の根を止める予定だった。もう、そんなことは忘れている。
「撃て! 撃て! 撃てェ!!」
歯を剥き出し、獣のように吠えた。
稲光のように、閃くマズルフラッシュ。
拳銃、小銃、ショットガン。あらゆる銃が火を噴き、轟音を重ねる。
無数の銃から、絶え間なく発射される弾丸。
「バカがァ!!」
唾を散らし、リーベンスは笑う。
シキとシュッツェを、いくつもの鉛が貫く。
声も発せられず、衝撃で何度も体が跳ねる。
撃ち損じた弾丸がアスファルトにめり込み、芝生を穿つ。
砂塵が舞い、二人の姿が見えなくなった。