1-3.傀儡の巣窟へ②
長らく消息を絶っていた筆頭警護官を見るなり、憲兵崩れが目を剥く。
「お前はッ……。アイン・フェヒター!」
恰幅の良い中年男が、憲兵局から出てきた。
立派な制服だが、リーベンスの傀儡に変わりはない。
「こいつを拘束しろ!」
人差し指を突きつけるも、周囲の反応は薄い。
戸惑いつつ、憲兵崩れは顔を見合わせた。
もう一押し。とアインは振り返る。
「こちらへ」と唇が動いた。
「拘束されるのは、あなたです」と、シュッツェが前へ。
さらなる大物の臨場に、憲兵崩れに動揺が広がる。
「まさかっ……」
表情筋が強張り、局長は後ずさった。
「お前たち、何を突っ立っている!? 早く撃て!」
「俺を殺しますか? 死ぬ覚悟で撃ってください」
撃てと言わんばかりに、シュッツェはさらに踏み出した。
その時、局長の眉間に赤い点が浮かぶ。
向かいの建物から、一直線に伸びるレーザーサイト。
言葉の意味を察したのだろう。喉を鳴らし、局長はさらに後ずさった。
「敵とはいえ、同じ釜の飯を食った仲。血を流すのはやめよう」
情に訴えるようなアインの言葉が、とどめとなった。
憲兵崩れたちは、気まずそうにうつむく。しばらくして、次々と拳銃が地面へ。
「局長、あなたの役目は終わりました。ご退場ください」
にっこりと笑い、シュテルは片手を上げる。
憲兵たちが、局長の両肩をガッチリと掴んだ。
「貴様ら、ただで済むと思うなよ! くそっ、離せぇ!」
捨て台詞が遠ざかり、一行の視界から消えた。
続々と、憲兵たちが建物内へなだれ込む。
傀儡が蠢く巣窟が、血を流さず陥落した。
「やったな」
シュッツェは、アインに笑いかける。
IMO隊員よろしく、二人はローファイブを交わした。
兄妹に続くも、不意にアインは立ち止まる。
コートの内ポケットを探り、取り出したのは憲兵バッジ。
颯爽と歩く左胸にはクローネの象徴──王冠を模ったバッジが、誇らしげに光っていた。
※
「いいんですか?」
アインの背を見送り、シュテルは振り返る。
そこにはミリタリー装備に身を包んだ、トラックの運転手。
「私には、顔を合わせる資格がない」
フェイスマスク越しに上がるのは、こもった女の声。
「彼はそんなこと、思っていませんよ」
「いいの」と、女はフェイスマスクを引き抜いた。
切り揃えられたプラチナブロンドが、さらりと揺れる。
一瞬だけ見えた耳元には、小さな穴。
「私はまだ、自分を許せない」
水色の目が、寂しげに細められた。
「……ご自身を許せる日が、来るといいですね」
反論はせず、シュテルは目を伏せた。
「ありがとうございました。エフティさん」
「こちらこそ、ありがとう」と、エフティは微笑む。
宗教画の聖母を思わせる、神々しさがあった。
「……アイン、元気でね」
未練漂う視線が、憲兵局へ注がれた。
エフティは踵を返し、二度と振り返ることはなかった。