1-1.葛藤
【ここまでのあらすじ】
満身創痍で戻ったシキは、仲間の手厚い看護を受け、ついに復活を果たす。
同時に『水の気象兵器』のネロより、ある報せが届く。なんとビエール宰相が拘束され、軍がクローネから撤退しているという。
まさに千載一遇のチャンス。ネロと『雷の気象兵器』であるケラヴノを仲間に加え、一行はエクレレに別れを告げ、レヒトシュタートをあとにした。
アインの提案で、パライ人自治区からクローネに入り、首都を目指す作戦を実行。
兄妹は奇しくも、逃亡時の道を辿ることに。
追憶と回帰の旅を終え、ついにクローネ奪還の時が訪れる。
トラックの荷台には、申し訳程度の薄いカーペット。
机代わりの木箱が、常にガタガタと揺れる。
これから七人が顔を突き合わせ、作戦会議を行うところだ。
狭すぎるために、ケラヴノとネロは姿を消している。
「首都の様子は?」と、アインが地図を広げた。
「目立った混乱はありません。なにしろ、一切の情報は遮断されていますから」
険しい顔で、シュテルは腕を組む。
「かくいう私も自宅待機中です。……実は、大半の憲兵が失職しました」
「だから、君は私服だったのか」
「えぇ。でも心配はいりません。憲兵局に残っているのは操り人形の局長に、権力に屈した憲兵崩れ。敵じゃありませんよ」
「他に勢力は? リーベンスは、傭兵を雇っていると聞きました」
ペンを回し、シキが声を上げる。
「数は多くありません。おそらく、身辺警護だけで精一杯なのでしょう」
ただ。とシュテルは続けた。
「何かあれば市街地が砲撃されます。簡単に手出しができません。今までは、ビエール兵の存在が牽制になっていたのですが……」
ビエール兵がクローネから撤退する。
つまり同士討ちの危険がなくなれば、容易く暴挙に出るということ。
「要は、迅速に城を落とすしかないってことね」
「その前に、先に憲兵局を奪取しよう」と、ヴォルクが割って入る。
「まずは治安の回復だ。敵の拘束は逮捕権のある憲兵に任せよう」
「同感です」と、シュテルが頷いた。
「それを見越して、失職した憲兵たちに声をかけています」
「数で当たれば、武力衝突は回避できるか。アウルとヴォルクは憲兵局を頼む」
ペンを一回転させ、シキは地図を叩いた。
「りょーかい」と、アウルは力のない敬礼。
「城は俺とネロ、ケラヴノで制圧する」
「シキは休んでなよ」と、ネロの声。
発信源は、水入りの水晶だ。
「まだ、傷が癒えていないだろう?」
続けて、ケラヴノが加勢する。
「……じゃあ、お言葉に甘えるよ」
右肩に手を当て、シキは目を伏せた。
包帯は取れたが「暴れるな」と、ジェネロに釘を刺されている。
「それで、リーベンスはどうする?」
荷台に背を預け、アウルは兄妹を見た。
「それは……」
歯切れの悪い返事とともに、シュッツェは唇を噛んだ。
「お前、もしかして悩んでるの?」
整えられた、アウルの片眉が上がる。
「断罪するにも順序がある。……そもそも、クローネには死刑制度がない」
これが中世だったら、その場で首を刎ねても問題はない。
法や秩序が整った現在では、蛮行もしくは短絡的と非難される。
「追放したところで、しっぺ返しをくらうだろ。裁判も時間の無駄だ」
アウルの声は、どこか威圧的だ。
つまるところ、殺した方が楽だとほのめかしていた。
「生かすという選択肢は、国民が許さないだろう」
神妙そうな顔つきで、アインも同調した。
「……私は、覚悟はできています」
両手を握りしめ、レーヴェは呟く。
「荷が重すぎる……」
苦悶の表情で、シュッツェは頭を掻きむしった。
「ここで結論を出す必要はない」
その様子を見て、シキが助け舟を出す。
「もしかすると、お前が判断することはないかもな」
「どういう意味?」
「リーベンスに選んでもらうのさ。生きるか、死ぬかを」
「え?」
意味深な言葉に、シュッツェは首をかしげた。
その時、トラックが切り通しを抜けた。
四方を山に囲まれた盆地に連なる、赤い屋根の建物。
公園やブドウ畑が点在し、赤や黄といった秋の色に染まっている。
幌の窓から、兄妹は街を見た。視線の先には、丘の上のハイリクローネア城。
「ただいま」と呟く、シュッツェの目が潤んだ。