章末 回帰の終わり
「お帰りなさい、レーヴェ」
気の強そうな黒目が、優しげに細められた。
「シュテル!」
従者であり、姉役であり、友である警護官へレーヴェは駆ける。
敬礼を解き、シュテルは両手を広げた。
主君であり、妹分であり、友である公女を抱き止めた。
「本当に泣き虫なんだから」と、シュテルは笑う。
とはいえ当の本人も、鼻を真っ赤にして泣いた。
長い抱擁のあと──。
「先輩」と、シュテルはアインを見た。
「よくも置いていきましたね」
仁王立ちから漂うは、貫禄と威圧感。
「……言い訳をするつもりはない」
逃げられないと悟ったのか、アインはうつむく。
「なーんて、冗談ですよ」と、シュテルは腕組みを解いた。
「私を頼ってくれて、ありがとうございます」
何かと気圧され、立場が逆転することもある。
しかし、シュテル以上に頼りになる存在はいない。
「改めてよろしく。バディ復活だな」と、アインは手を伸ばす。
二人の警護官は、固い握手を交わした。
「レーヴェ様!」と、ハンナは階段を駆け下りる。
古びた箱を大事そうに抱えていた。
「これをお持ちください」
ずり落ちた眼鏡を気にすることなく、箱を差し出した。
それはアンティーク調の化粧箱。
母の形見であり、レーヴェが何よりも大切にしている物だ。
大公一家のメイドだったハンナは、それをよく知っていた。
「ありがとう」
化粧箱を抱き、レーヴェは目を閉じる。
「また、お化粧を楽しんでくださいね」
ようやく、ハンナは眼鏡を掛け直した。
「さぁ、積もる話は車で」と、シュテルは振り返る。
視線の先には、幌つきの中型トラック。
「あの人は?」
運転席を見て、シュッツェは声を上げた。
そこにはミリタリー装備の人物。
フェイスマスクにサングラスを装着しているため、性別や顔はわからない。
「憲兵仲間ですよ」と、シュテルは笑う。
老夫婦が見守る中、トラックが発車した。
車寄せを抜け、エーヴィヒカイト城が遠ざかる。
「……あの日も、こんな風に城を見た」
石橋を渡る最中、シュッツェは呟く。
少しばかりの緊張感と、高揚感を胸に抱いて。
追憶と回帰の旅が終わる。目指すは、首都アオレオーレ。
第六章 回帰 完