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5-3.グッバイ・ハロー

 竜人(パライ人)自治区を出立し、六時間が経過。

 穏やかな清流を横目に、一行は開けた場所へ出た。


 馬車から降り、兄妹は天を仰ぐ。木々の間から見えるのは、青空に伸びる尖塔せんとう

 あの塔からの景色は筆舌に尽くしがたい。


 臙脂色えんじいろの屋根にベージュの城壁。ゴシック様式かつメルヘンチックな佇まい。

 ついに、エーヴィヒカイト城が姿を現した。


「……すごく、久しぶりに感じる」

 感慨深そうに、シュッツェは独りごちた。


「ようやく、スタート地点に立てましたね」

 各々が荷物を持ったあと、ラトが言う。水色の目に浮かぶのは、惜別の光。


「本当にありがとうございます」

 一歩踏み出し、シュッツェは両手を伸ばす。


「またお会いしましょう」

 固い握手を交わし、ラトは大きく頷いた。


「お元気で」と声を震わせる、レーヴェの目にも涙。


「あなたも、ありがとう」

 丸太を思わせるペルシュロンの首を、ねぎらうようにでた。


 一拍置いて、ラトはアインを見た。


「ご兄妹を頼んだぞ」


「任せてください」

 アインの目が真っ直ぐに祖父を見つめる。二人は長い抱擁を交わした。


「また、ゆっくり話そう」

 涙をこらえるように、ラトは強く目を瞑る。


「お元気で」

 兄妹を先頭に、一行は歩き出した。


「お気をつけて」

 いくつもの背を見送る、ラトの頬に涙が伝った。



「ところで。なんで裏口からなんだ?」

 苔むした門を前に、アウルは首をかしげた。


「正門まで行くには、川や谷を迂回する必要があるんだ」

 シュッツェは、背後の川を指差す。


「今さらだけどさ。見張りとかいないの?」

 その言葉とは裏腹に、ネロは声を潜めない。


「心配はいらない」と、ケラヴノの声。

 発信源はフィラメント電球からだ。


「ビエール兵は撤退し、城は放棄されている。ただ──」


「だ、誰だ!?」

 声を遮り、怒号が上がった。門の向こう側──庭木の裏に人がいる。


「出てこい!」

 飛び出した老夫がスコップを振り上げた。

 しかし、シュッツェの顔を見るなり手が止まる。


「クラウスおじさん……」

 強張った笑みを浮かべ、シュッツェは老夫の名を呼んだ。


「あなた! どうしたの!?」

 続けて眼鏡の女が、農作業小屋から飛び出した。

 老夫の妻だろう。同じく目を剥いて立ち尽くす。


「ハンナさん!」と、レーヴェが笑った。


「シュッツェおぼっちゃま。レーヴェお嬢さま……」

 上擦った声とともに、クラウスは脱帽した。


「あぁ神よ! 感謝します!」

 門前まで駆け、鉄格子の扉にしがみついた。


「……ここには、管理人の老夫婦がいる」と、ケラヴノの補足。

 言葉を遮られ、不機嫌になったらしい。


 クローネがまだ平和だった頃。

 クラウスとハンナは、城の管理とガイドを務めていた。

 つまり、幼少期の兄妹を知る者でもある。


 錆びた音を立て、門が開く。同時に、クラウスが膝を落とした。


「いつお戻りになるかと、待ちわびておりました」

 目を充血させ、嗚咽おえつを漏らした。


「突然いなくなって、ごめんなさい」

 土で汚れるのも構わず、シュッツェも膝をつく。


「何をおっしゃいます。むしろ、私たちは手を差し伸べることができなかった」

 取った軍手を握りしめ、クラウスは何度も首を振る。


「とにかく、中へお入りください」

 袖で涙を拭い、ハンナは門扉を全開にした。


 ビエール兵の撤退により、日常が戻ったのだろう。

 除草された花壇に、色とりどりのパンジーとビオラ。

 綺麗に剪定されたコニファーの列が、整然と並ぶ。


「お話は伺っていましたが、まさか裏口からいらっしゃるなんて」


「遠回りになっちゃうからね。そうだ──」

 廊下を歩く途中で、シュッツェはクラウスを見た。


「俺たちが逃げたあと、酷い目には遭わなかった?」


「事情聴取は受けましたが、暴力はありませんでした」

 杞憂きゆうを吹き飛ばすように、クラウスは笑う。


 一行は、エントランスホールへ出た。


 シュッツェの目に映るのは逃亡時の幻影。

 ビエール兵に変装し、階段を降りて正面から出た。

 

「すぐに、出立されるのでしょう?」

 残念そうに、ハンナが視線を落とす。


「うん。一刻も早く、アオレオーレに行かないと」

 手料理を堪能し、夫婦と語らいたかったはずだ。

 湧き上がる欲求を抑え、シュッツェは頷く。


「ですよね。……そうだ」

 思い出したように、ハンナは両手を叩いた。


「お渡ししたいものがあります。あなた、先に案内していてちょうだい」

 早口で言うとスカートの裾を掴み、階段を駆け上がって行った。


「もう若くないのに」と、クラウスは苦笑い。


「さぁ、迎えがお待ちです」

 扉の取手を引くと、隙間から光が差し込む。


 正面には一人の女。背筋を伸ばしつつ、肩が緩む。

 左手を腿に添え、右手は顔の前へ。直立不動の見事な敬礼だ。


 黒いショートボブに気の強そうな黒い目。

 アインが言っていた、置き去りにした仲間──シュテル・バッハ。


「シュテル……」

 泣き出しそうな顔で、レーヴェがその名を呼んだ。

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