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5-1.原点

 あっという間に休息は過ぎた。

 小鳥がさえずる前に、シュッツェ一行は自治区を発つ。


「途中で食べてね」とカロスは、バスケットをアインへ。


 中には焼き立てのクルミパン。ほのかな温かさと漂う香り。

 淡いピンク色の、イチジクのジャム瓶も添えられてある。


「朝ごはんは、抜いちゃダメ」

 気をつけてね。と笑い、孫を抱きしめた。


「……ありがとう」

 祖母の小さな背に手を当て、アインは頷く。


「車はあとで取りに来ます」

 シキは、東西南北を駆けた相棒たちを見た。


「いつでもお立ち寄りください」と、住民が胸を叩く。


 行ってらっしゃい。お気をつけて。

 いくつもの声を背に受け、一行は馬車に乗った。



 空は青い。が木々に阻まれ、森の底まで光は届かない。


 朝の冷気が立ち込めるイチジクの道を、幌馬車ほろばしゃが走る。


 馬車をくのは一頭のペルシュロン。

 鈍重な息遣いとともに、白い息が消えていく。


 サラブレッドのような華奢きゃしゃな体格ではない。

 中世では重装兵を乗せ、戦場を駆けていた。

 

「美味しい」

 クルミパンに、レーヴェは顔を綻ばせた。

 塩っ気のある生地に、イチジクのジャムが抜群に合う。


「舌、噛むなよ」と、シュッツェ。

 砂利道を走る馬車は、上下左右にガタガタと揺れる。


「道が荒れていますね。クローネに赴くことがなくなり、手入れが行き届いていません」

 手綱を操り、ラトは目を細めた。


 伸び放題の枝が幌をでる。

 帆布はんぷは強いが、速度を出せば引っかかってしまうだろう。


「しっかし、よく開拓したよね」

 馬車の前を歩くネロは、拳大の石を蹴った。

 小さな石でも、乗り上げて横転する危険がある。という心遣いだ。


竜人(パライ人)が森を切り拓くなんて、意外でしょう?」


「まぁね」


「木が生えていれば、良いというわけではありません。間伐して木を育てる必要があります」

 ラトは木漏れ日に手を伸ばし、ゆっくりと握った。


「光がなければ、私たちは生きられないのですよ」

 パライ人は視床下部ししょうかぶが未発達であり、日光浴は欠かせない。


「クローネが元に戻れば、また森を育てることができます」


「……ん?」

 その時、静かに耳を傾けていたシキが顔を上げた。

 ひらりと荷台から降りる。


「シキも気づいた?」

 折れた枝をやぶに放り、ネロは笑った。


 馬車は停まり迫る何かを待つ。朝靄あさもやの中から現れたのは一羽の隼。


 閃光とともに人の足が地面へ。昨夜、クローネへ向かったケラヴノだ。


「どうだった?」と、ネロが問う。


「エフティという娘に会い事情を説明した。潜入を手引きしてくれるそうだ。それと迎えも寄越すと」

 その言葉に、一同は安堵あんどの表情だ。


「勝手ながら合流場所を決めさせてもらった」

 ケラヴノは、西の空を見上げた。


「エーヴィヒカイト城で落ち合う」


 しん。と静まり返った。各々が吐く息だけが、天へ消えていく。


「……ははっ」

 赤くなった鼻に手を当て、シュッツェが笑った。


「ここまで来ると、運命ってやつを感じるな」


 始まりの場所への回帰。

 かつての公世子こうせいしであれば、躊躇ちゅうちょしていただろう。


「行きましょう」と、レーヴェも力強く頷いた。


「悪いが、私は休ませてもらう」

 ケラヴノは球体へと姿を変え、フィラメント電球へ。


「そうとなれば、急ぎましょう」

 ラトは手綱を上下に揺らし、ペルシュロンに伝達。

 車輪がきしみ、馬車が動く。


 森の底にはいつの間にか、柔らかな光が届いていた。

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