4-2.イチジクの道
歓待を受け、一行はラトの家に案内された。
ログハウスの大黒柱に手を当て、レーヴェは懐かしそうに微笑む。
「どんな生活だったんだ?」
室内を見回しつつ、シュッツェは首をかしげた。
「離れた場所に牧場があるの。ヤギと馬と、牛のお世話を任されたんだ」
動物の話になると、レーヴェの頬が緩む。
「ちょうど牛の出産に立ち会ってね。大きな赤ちゃんで、出てくるまで大変だったよ。あ! それとね──」
思い出したように、両手を叩いた。
「ハクニーとペルシュロンがいたんだ!」
目の輝きから察するに馬の話だろう。
レーヴェは馬が大好きだ。趣味は乗馬で、大学では馬術部に通うほど。
「レーヴェ様は仕事熱心で、とても頼りになりましたよ」
ハーブティーを淹れつつ、カロスは笑う。
「あの頃はイチジクの収穫が最盛期。大助かりでした」
竜人自治区のイチジクは、甘さと酸味のバランスがよく実が大きい。
各国の名だたるレストランが、こぞって欲しがる一品だ。
「今年は実りも質も良かった。ただ、クローネに卸せなかったのが心残りです」
目を瞑り、ラトは首を振る。
イチジクの収穫期──八月の終わりから九月は、簒奪の真っ只中だ。
「ですが、ジャムに加工してあります。全てが落ち着いたら、山のようなジャム瓶をお届けしますよ」
前向きな言葉に、一同は頷いた。
「さて、クローネへ向かう方法ですが……」
「待ってました」と、アウルが声を上げた。
鞄から、四つ折りの拡大地図を取り出す。
「ここが現在地。一番近い街はハイルング市です」
ハイルング。という単語に、シュッツェが喉を鳴らす。
この街から全てが始まったのだ。
「ただ悪路なので、車での移動は難しいでしょう。それに、エンジン音で見つかるリスクもあります」
文明の利器は、パンクにガス欠という欠点を持っている。
「ちなみに直線距離で三十キロです」
「三十キロか。半日あれば踏破できる」と、呟くヴォルク。
「お前と一緒にするな。兄妹にトレイルカントリーはキツいだろ」
ジト目で、アウルは首を振る。
ハイルングまでは起伏のある道のり。
たかが三十キロといえども、相当な体力を要する。
「馬車を出しましょう。『イチジクの道』を使えば移動は楽です」
「イチジクの道?」
腕組みを解き、シキは問う。
「クローネまでイチジクを運ぶための道です。何年もかけ整備しました」
地図を指でなぞり、ラトは目を細めた。
「道はハイルングまで。そこからは、移動手段を考えなければなりません」
「車は置いて行くからなぁ。歩いて首都を目指すのは危険だ」
顎をさすり、アウルは半目だ。
「では、迎えに来てもらうというのは?」
テーブルに手を当て、アインが呟く。
「迎え? 誰に?」と、シキは首をかしげる。
「一人、置いて行った仲間がいるんだ。……彼女なら、手を貸してくれる」
「では、国内にいるパライ人を通じてコンタクトを取りましょう」
ラトはパルプ紙と、羽ペンを取り出した。
「ここは私が行こう」
アインが手紙を書き終えた時、ケラヴノが声を上げた。
今は確実に、安全に情報を伝える必要がある。
伝書鳩よりも気象兵器がうってつけだ。
「そのパライ人はどちらに?」
「クローネ大聖堂の最も高い塔に、鳩舎があります」
ラトは、手紙が入った筒を差し出した。
「『エフティ』という女性がいます。物分かりが良いので、説明に困ることはないでしょう」
ラトの言葉に、アインは目を見開く。
声を発することはせず、うつむくだけだった。
「承知した」
外へ出ると、ケラヴノは光の球体へ。
鼓動のように光が揺れ、一羽の隼が姿を現す。
ウッドデッキを蹴り、ふわりと飛び上がる。
日が傾きかけた西の空。クローネの方向へ瞬く間に飛び去った。
議論が一段落した頃──。
「お茶をどうぞ」と、カロスがティーカップを差し出した。
ジンジャーティーは冷え切った体を温めてくれる。
「お菓子もありますよ」
さらにクルミ入りのクッキーが入った、バスケットも差し出した。
賑やかな雰囲気の中、アインは外へ出た。空を見上げていると、ラトが顔を出す。
「……話の通り、エフティはここにはいない」
「てっきり、ここにいるかと思っていました」
手すりに寄りかかり、アインは目を伏せる。
「簒奪のあと、お前の身を常に案じていたよ。IMOへ『警護官も助けてくれ』という手紙を送ったのはあの子だ」
「……やはり、そうでしたか」
前を見つめたまま、アインは声を震わせた。
『兄妹付きの警護官も力になるから助けてほしい』
あれは憲兵局を脱出した日。アウルが発した言葉が脳裏に蘇る。
送り主はパライ人ということもあり、祖父母の嘆願だと思っていた。
しかし、もう一つの可能性をアインは捨てきれずにいた。
幼い自分を残し、家を出て行った母の仕業だと。