3-2.無茶な依頼①
『IMOシャムロック大陸方面・エスペランサ支部』
エスペランサ共和国に駐在する、ベイツリー海軍基地の内部にある。
つい最近まで、エスペランサは無法地帯だった。
カルテルが政府と癒着し、麻薬や人身売買が横行していた。
強盗は日常茶飯事。路地へ入れば娼婦の誘惑。
粗末な小屋が並ぶスラム街。生ゴミに汚水、生き物の死臭。
住人たちには普通の光景で、当たり前の臭いだった。
腐敗した政府を倒すため、軍が立ち上がった。
後ろ盾にと、ベイツリー共和国のIMOへ支援を求めた。
クーデターは成功し、新政府が樹立。
ベイツリーの目論見通り、駐在軍が配備された。
IMOは他国へ拠点を作る際の、地固めのような存在。
正規軍ではない傭兵を使い、損害を最小限に抑えている。
IMO隊員が『捨て駒』と呼ばれる所以だ。
※
アウルは、検問で入港許可証と身分証を提示した。
ゲートを抜け、軍港の隅へ車を走らせる。
事務所兼宿舎は、二階建てのレンガ倉庫だ。
外灯の周りを、羽虫が忙しなく飛び回っていた。
ドアノブを捻ると、錆びた扉が耳障りな音を立てる。
「ただいま」と帰宅を告げる声は、一体感がない。
「遅いぞ」
革張りの椅子に座る、大柄な男が声を上げた。
「素直に『お帰り』って言えよ」
毒づくと、ジャガーはソファに座る。
男の名はフレイム・ストレングス。IMOの総司令官だ。一部の隊員には『オヤジ』と呼ばれている。
赤毛をオールバックに固め、割れた顎と黄色い目はライオンを思わせる。
その上、二メートルはある巨体で凄まれれば、誰もが泣き叫ぶだろう。
「総司令、こちらが今回の報酬です。大統領からの親書も預かっています。ちなみに、勝手に読まれました」
ディアは、ちらりとジャガーを見た。
「お前、死にたいのか?」
ストレングスの目が、ギョロリと動く。
「覚えがないねぇ」
ジャガーは素知らぬ顔で、ソファに深く沈んだ。
「で。わざわざ、ここまで来た理由は?」
「昨日、こんな手紙が届いた」
ストレングスは一枚の封筒を、顔の高さに掲げる。
「差出人はレーヴェ・ネイガウス。……まさか、クローネの公女か?」
はっと、ジャガーは顔を上げた。
「クローネって、確か一週間前に……」
ディアは、棚から新聞を取り出す。
『ビエール共和国、クローネ公国に事実上の侵略』
大きな見出しが、一面を飾っている。
海を渡ったエスペランサにさえ、そのニュースは轟いていた。
「とにかく読むぞ」
『私はクローネ公国公女、レーヴェ・ネイガウスと申します。
ご存知かと思いますが、我が国はビエール共和国の侵略を受けました。
現在、私は兄とエーヴィヒカイト城に軟禁されています。
監視下に置かれ、自力での脱出と亡命が不可能です。
もし、真実と受け取っていただけるのであれば、この手紙をベイツリー共和国の「国際傭兵組織」という機関へ、転送をお願いします』
声を上げる者は、一人もいない。
シーリングファンの回転音が、やけに大きかった。