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4-1.竜の住処

 いよいよ祖国奪還の時。しかし、一行の目的地はクローネ公国にあらず。

 まずは、アストラ王国へ越境。そこからクローネを目指すという、遠回りな方法だ。


 東洋のことわざで『急がば回れ』。獲物の喉に迫るには、急いてはいけない。

 大回りしてでも、確実に仕留められる距離に近づかなければ。


 そのために、アインが示した森──パライ人自治区が最初の目的地だ。


竜人(パライ人)。人間や獣人(ガウダ人)より歴史ある存在。

 かつては一国を治めていたが、近代化とともに姿を消した。

 現在は『不可侵の森』と呼ばれる中立地帯で、ひっそりと暮らしている。


 ※


 邪気を払うといわれる、トネリコの森。

 澄み切った空気も相まって、不可侵の地──聖地を彷彿ほうふつとさせた。


 二台の車が砂利道を走る。先頭車両の運転手はアイン。

 集中しているのか、無言で前を見つめたまま。

 後部座席の兄妹は時折、小声で世間話を交わしていた。


「……酔ってきた」と、助手席のシキが呟く。

 手にはレーヴェから借りた『エルラー旅行記』。


「車の中で本を読むな。と教わらなかったのか?」

 横目で見やり、アインは呆れた様子だ。


「あれは迷信だって聞いた」


「誰から?」


「オヤジだけど?」と本を閉じ、シキは背伸び。


 わざとらしく、アインは大きなため息を吐いた。


「なんか、怒ってる?」


「違う。……不快な思いをさせたなら、謝る」

 すまない。と躊躇ためらいがちに、アインの口が閉じた。


 ゆるゆると車が減速した。古びた一枚板の看板が、寂しげに佇んでいる。

 アストラ語で『これより先 パライ人自治区』の表記。


「ここで待とう」と、アインは窓を開けた。


 すぐに、森から数人の男が現れた。

 パライ人であっても、近代化には適応しているらしい。

 ボウガンや、狩猟用のライフルを装備している。


「何用だ?」


「自治区長にお話があります」

 サイドブレーキを引き、アインは落ち着いた口調だ。


「その髪色……。同族か」

 ライフルを持つ男の眉が、ピクリと動く。


 さらに、後部座席のレーヴェを見るなり、男たちは目を剥いた。

 いつかかくまっていた公女が現れたことに、ひどく動揺している。


「失礼しました。お通りください」

 横柄な態度は一転、うやうやしく頭を下げた。


「感謝します」

 会釈のあと、アインはアクセルを踏む。


 次第に木々は減り、ログハウスが点在する居住区に進入した。


「……熱烈な歓迎だな」

 目の前の光景を見るなり、シキは苦笑した。

 広場には、大勢の見物人が待ち構えている。


公世子こうせいし殿下、公女殿下!」と誰かの叫び。

 その声を皮切りに、ワッと歓声が上がる。


 兄妹が降車すると、割れんばかりの拍手が出迎えた。

 パライ人自治区は、クローネと貿易協定を交わしている。

 つまり、パライ人の中でも兄妹は有名人だ。


「なんだか、恥ずかしいな」

 久しぶりの歓待に、シュッツェははにかむ。


「おねえちゃん!」

 満面の笑顔で、女児が花冠を差し出した。

 プラチナブロンドと青い目は、宗教画の天使のよう。


「一人でも作れるようになったよ!」


 潜伏中に、レーヴェが作り方を教えたのだろう。真っ白な、かすみ草の花冠だ。


「上手にできてる! ありがとう……!」

 同じ目線にかがむと、レーヴェは両手で受け取った。

 その目には、うっすらと涙の膜。


「失礼しますよ」と人だかりの中から、男が姿を現した。


 パライ人自治区長、ラト・レイアーだ。

 退色したプラチナブロンドは、生き字引の証。

 いつか会ったヴォルクを見ると、小さく会釈した。


「また、お会いできたことを嬉しく思います」

 兄妹を見つめ、ラトは声を詰まらせる。


「あの時は急な出立となり、申し訳ございませんでした」

 一歩踏み出し、レーヴェは頭を下げた。


 あの時──シキが拉致され、夜襲があった日のこと。

 シュッツェと合流することとなり、そのまま連絡が途絶えていたのだ。


「気にしないでください。お二人のお姿を拝見でき、安堵あんどの限りですよ」

 ラトは頷き、三人の気象兵器を見た。


「お話は、フロガ殿から伺っています」


「ん?」

 その言葉にシキ、ネロ、ケラヴノは顔を見合わせる。


「根回しって、これのことか」


「全く、抜け目のない男だ」


 ストレングス──フロガ・リョダリは気象兵器きっての武闘派。

 と同時に、根回しが得意な頭脳派でもある。


「四人の気象兵器とお会いできるとは。長生きも、悪くないものです」

 目尻にしわを寄せ、ラトは笑った。


「長旅でお疲れでしょう。今日は我が家で休んでください」

 ターバンを巻いた、ラトの妻──カロスが微笑ほほえむ。


 子供たちに手を引かれ、兄妹は歩き出した。そのあとをシキたちが続く。


「ほら、あなたもおいで」

 カロスが、車の前から動かないアインを見た。

 自治区についてからずっと、遠巻きに突っ立っている。


「最後に会ったのは二十年も前か。……大きくなったな」

 ラトは、ゆっくりと歩み寄った。水色の目に、懐かしむような光が浮かぶ。


「……おじいさま、おばあさま。ご無沙汰しています」

 直立不動のアインは、かすかに頬を緩めた。

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