3-3.日の出とともに
青藍の空に巻層雲。午前六時のスマラクト市に日の出が迫る。
別荘の扉が開き、シュッツェ一行が出た。
シキの宣言通り、今まさに出立するところだ。
最後にエクレレが外へ。昨日の会議のあと、連絡を受け訪問。
本宅には帰らず、仲間たちと最後の一晩を過ごした。
「寂しくなる」と、黒い目が細められた。
無理もない。あまりにも突然すぎる別れだ。
「賑やかで楽しかった」
「このご恩、決して忘れません」
ありがとうございました。と兄妹は頭を下げた。
「こちらこそ感謝している」
苦悩から解放され、憑き物が落ちたようだ。
エクレレの顔つきは、いつもの女傑に戻っている。
「必ず祖国を守るんだ」
シュッツェの背に手を回し、優しく叩いた。
「どうか兄上の支えになってやってくれ」
レーヴェに微笑み、同じように抱擁を交わす。
兄妹にとってエクレレは母のような、姉のような存在となっていた。
「ほんと、感謝してもしきれないよ。……落ち着いたら、また来る」
名残惜しそうに、シキは目を伏せた。
「あぁ。……その時に、一緒に弔おう」
目を潤ませつつ、エクレレは笑う。
墓はいらない。全てが終わるまで、勇利は死んではいない。
それが、二人の共通の思いだ。
「それと、彼を連れて行ってくれ」
エクレレは、ベルベットの布に包まれた『何か』を取り出す。
「……いいのか?」
差し出されたフィラメント電球に、シキは目を丸くした。
電球が点滅したと同時に、一筋の光が降り立つ。光が消え、金髪の青年が現れた。
スーツという上品な装いに、耳にはチェーンピアス。
「私はケラヴノ・オルニス。雷の気象兵器だ」
猛禽類を思わせる黄色い目が、驚く一同を見た。
「クローネの奪還に、私も協力しよう」
「えぇ、ケラヴノも来るの?」
気だるげな声とともに、ネロが首を振った。
「お前は、私が見張っていないとな」
「死にたくないなら、軽率な行動は控えろよ」
釘を刺したのは、ストレングスだ。
「フロガは来ないの?」と、ネロは実名で呼ぶ。
「国一個取り返すのに、気象兵器は四人もいらん」
愚問だ。とストレングスは鼻を鳴らした。
「俺は根回しをしておく。さっさと行け」
ぶっきらぼうな物言いのあと、虚空に手をかざす。途端に空間が捻じ曲がった。
マーブル状のパステルカラーが、不規則に揺蕩う世界。
見覚えのある光景に、レーヴェが声を上げた。
「じゃあな」と、ストレングスは地脈へ消えた。
裂け目が塞がったあと──。
「便利だねぇ」と、アウルが口笛を吹いた。
「それじゃ、行きますか」
いつもの仲間と二人の助っ人を見やり、シキは手を叩く。乾いた音が寒空へ。
「気をつけてね」と、ディアは微笑む。
全員でクローネに乗り込んでは、全滅のリスクが伴う。
ディア、セアリアス、ジェネロは他国での待機となった。
薄明の空の下、車のエンジン音が響く。
兄妹が乗る車はもう一台を伴い、東を目指す。
ディアたちが乗る車は、西へと走り出した。
エクレレは車道へ出ると、遠ざかる車を目で追った。
助手席から伸びたシキの手が、ひらひらと動く。
長かった劣勢は終わった。ついに、攻勢に転じる時が訪れた。