3-2.始動
IMO総司令官が襲来し、数分後。第一分隊の面々がリビングへ集結。
水の気象兵器──ネロ・オピスの言葉に、一同は愕然とした。
「ビエールが、クローネから撤退?」
身を乗り出し、シュッツェは復唱した。
「すぐに全軍ってわけじゃないけどね。それに──」
足を組むと、ネロは片手を上げた。
「ビエールの宰相が拘束されたらしい」
「えぇ!?」
さらに、一同がざわつく。
「……何が起きているんだ?」
急転直下の報せに、シュッツェは頭を抱えた。
返事の代わりに、ネロは新聞を取り出す。二日前のビエール新聞だ。
ヴォルクが手に取り、見出しを読み上げた。
『帝国内にて、皇后と軍が衝突。多数の死者』
「はぁ?」
シュッツェは、ますます混乱した。
その様子を見て、ネロは口の端を吊り上げる。
「気象兵器が敵だなんて、軍は口が裂けても言えないよ。ハロードヌイの一件で、スニエークの化けの皮が剥がれたのさ」
「……ということは。宰相が拘束されたのは、スニエーク側の人間だったから?」
「ご明察」と、ネロはハンチング帽を弄ぶ。
「クローネを奪還する、絶好の機会じゃないの?」
「やっと……」
高揚感を覚え、シュッツェは笑った。
進展がなかった事態が、ようやく動き出した。
「どちらを選ぶかは、お前の勝手だ」
腕を組み、ストレングスが口を挟む。
気象兵器を奪還するか、クローネを奪還するか。当然、IMOは前者を選ぶはず。
選択肢を与えられたことに、シュッツェは戸惑いつつも感謝した。
「スニエークとの決着の前に、クローネを取り返そう」
後押しするように、シキは頷く。
「その方がいいよ」と、ネロはメッセンジャーバッグを漁った。
「リーベンスも、民間軍事会社を雇ってる」
取り出したのは書類の束。敵の手の内はすでに調査済みらしい。
「その名も『グリム・リーパー』」
兄妹とアイン以外の、隊員たちが顔をしかめた。
「シャムロック大陸で民間人を虐殺して、有罪判決が出てたよな」
頬杖をつくアウルは、この上なく不機嫌そうだ。
「犯罪者を雇うとは、なりふり構ってないな」
「まずい……」と、シュッツェは呟く。
「ビエールが完全撤退すれば、クローネは無法地帯になる」
「その通り。虐殺や略奪が発生し、クローネは内乱まっしぐらだ」
神妙な顔つきで、シキが頷いた。
「きっと市民や憲兵が蜂起する。泥沼化する前に止めないと」
居ても立ってもいられないのか、シュッツェは落ち着きがない。
「……のんびりしてる暇はなさそうだな」
拡大版の地図を開き、シキは顎に手を当てた。
「国境沿いの検問は、全て閉鎖されているだろうな」
ビエール、セルキオ、レヒトシュタート、アストラ。
クローネと国境を接する国名を見つめ、苦しそうに唸る。
「あの……。『地脈』って力は、使えないのか?」
機嫌を窺うように、シュッツェは上目遣いだ。
「無理」と、ネロが即答する。
「伴えるのは一人か二人が限度。それに気象兵器じゃない者は、長距離の移動は不可能だ」
「自分の足で祖国へ帰還しろ。国民からの求心力を上げる、いい機会だ」
畳みかけるように、ストレングスが言った。
「劇的に帰還を果たせば、名君として後世まで名を残せる。指導者としての力を見せてみろ」
打算的な物言いだが、否定はできない。
兄妹は一度、祖国から逃亡した。
国民からの再評価と信頼を得るには、多少の脚色は必要だ。
シュッツェは強く目を瞑る。亡命よりも帰還は格段に困難だ。
今となっては、逃げる方が簡単だとさえ思っていた。
「……一つ、案がある」
一同が袋小路に入った時、アインが声を上げた。
「ここから入るのはどうだろう?」と、アストラ西部を指差した。
そこは、地図上では森しかない。
しかし、何かに気付いたのだろう。シュッツェとレーヴェが声を上げた。
「……それだ」
シキの目が、カッと見開かれる。
「クローネのことは私たちがよく知っている。ここは任せてほしい」
アインの視線は、兄妹に注がれた。
「『善は急げ』ってか」
東洋のことわざを口にし、シキは地図を畳む。
「各自、荷物をまとめとけ。日の出前に出発だ」