3-1.襲来
新聞から顔を上げ、シキは大あくび。
重傷を除き、痣や小さな傷は消えている。
久しぶりの光景に、シュッツェは頬を緩めた。
「俺がいない間に、色々とあったみたいだな」
シキが驚くのも、無理からぬこと。
グロワール邸が襲撃を受け、翌日には公女が合流。
その上、寝ている間に世界情勢が変わった。
「病院襲撃事件の時に、襲撃者を生かしただろう? あれから流れが変わった」
シュッツェは手を組み、称賛の言葉を続ける。
「戦いの中でも、先を読む冷静さがあるなんて羨ましいよ」
「それほど、冷静でもなかったよ」と、シキは自嘲した。
そこへ、レーヴェがリビングへ。手にはティーカップが載ったトレー。
「ありがと。……あ、そうだ」
紅茶を飲む手を止め、シュッツェは声を上げた。
「シキのコート、煙臭かったから洗ったんだ。で、これ──」
カーディガンのポケットを探り、隊員手帳を差し出す。
「おぉ、ありがと。これを失くしたら、オヤジにぶっ殺されるからな」
笑顔を浮かべるも、シキは片眉を上げた。
「写真の向きが変わってる。……見た?」
シュッツェは、ギクリと肩を震わせた。
「えーと、コートを掛けようと思ったら手帳が落ちて、それで……」
事実だが、苦しい言い訳に聞こえる。
「わかったよ、もういいって」と、シキは苦笑。
抜き取った写真を、感慨深そうに見つめた。
「……この方が、勇利さんですか?」
レーヴェは写真を覗き込み、人差し指を当てた。
「そう。俺の師匠でライバルで。……親友」
「この人に振り回されて、救われたのか」
「……違う形で、お会いしたかった」
複雑な心境なのか、兄妹の表情は固い。
「こちらは、ご両親ですか?」
暗い空気を換えようと、レーヴェは擦り切れた写真を手に取った。
「そう。親父の一目惚れだったらしい。うるさいほど、母さんにゾッコンだったよ」
「うちの父と一緒だ。母が死んだあとも、再婚しなかった」
「俺たち、似てるな」と、シキは笑う。
写真を手帳に挟み、パタリと閉じた。
その時──。
呼び鈴もなく、エントランスホールの扉が開いた。
腹に響く足音と、圧迫感が近づく。それだけで、訪問者の正体がわかる。
ノックもせず、リビングの扉が開いた。
赤髪の巨躯──フレイム・ストレングスだ。
「なんだ、意外と元気じゃないか」
「残念だったねぇ。もっと早くに来てりゃ、俺の弱った姿が見られたものを」
悪童顔で、シキは笑う。
「お見舞いに来てくれたのは嬉しいけど、前もって連絡してよ」
「いつでも俺を迎える気構えでいろと、教えたはずだ」
IMO総司令官は相変わらずの、破天荒ぶりだ。
「報告書を読んだ。まさか、クリュスが乗っ取られていたとは」
勢いよくソファに座り、ストレングスは腕を組む。
「……あの。俺たち、席を外しましょうか?」
言い終わらないうちに、シュッツェは腰を浮かせる。
心臓に負担がかかるため、顔を合わせたくないらしい。
「遠慮はいらん」と、ストレングスは気遣いを一蹴。
「で、何しに来たの?」
半目で、シキは頬杖をついた。
「あぁ。さっさと本題に入ろう」
頷くと、ストレングスは立ち上がる。
「ネロ! さっさと来い!」
空気を割るような怒号に、兄妹は身を震わせた。
うるさい。とシキもしかめっ面だ。
しばらくして、男が入室した。顔を見るなり、シュッツェから声が上がる。
ウェーブのかかった黒髪に、縦長の瞳孔。
『カラス』と呼ばれる、掃除屋のリーダー格だ。
「また会ったねぇ。おや、妹さんも一緒かな?」
ニタリと笑い、ネロは黒目を細めた。
「兄さま、この方は?」と、レーヴェが耳打ち。
「俺も、よく知らないんだ」
シュッツェは、小声で首を振る。
会話を聞いていたのか、ネロが愉快そうに笑った。
「俺は『水の気象兵器』だよ」と得意げに、取ったハンチング帽を回す。
「えぇ!?」
「今日は、面白い話を持って来たんだ」
呆気に取られる兄妹をよそに、ネロはソファへ。
喉を鳴らし、ストレングスはシキを見た。
「仲間を集めろ。今から作戦会議だ」