2-3.尽忠報国
部屋に響く、電球が震える音。不規則な間隔で、エクレレのすすり泣き。
しばらくして、シキが問う。
「あれだけの仕打ちを受けたのに……。何で、勇利と内通できた?」
「……あの時の顔が、頭から離れないんだ」
組んだ手の甲に爪を立て、エクレレは視線を落とした。
「……泣いていた。両親を喪った時は、泣かなかった男が」
徹底的に切り裂かれ、一時は意識不明に陥った。
全身に刻まれた傷のせいで、嫁に行けない。
そんな憎悪も勇利の涙を前にして、全てかき消えた。
「それにッ──」
再び感情が昂り、エクレレは顔を上げる。
「勇利の仇は、お前の仇でもあった! だから、私はッ! 勇利に協力したんだ!」
大粒の涙とともに、背が跳ねる。
騒動が落ち着いたあと、エクレレは勇利と再会した。
金色に変化した髪に、感情の消えた目。
正義感と誠実さに溢れていた、従者の面影は皆無。
かと思われたが、気品ある一礼は変わっていなかった。
「全部、お前のためだった。……だから、お前を騙した」
エクレレは、刃傷沙汰のあとを思い出す。
あの時──。
憤慨する恋人に正直に話していれば、違う未来があったかもしれない。
だが、勇利の計画に綻びが生じる。それは世界の混乱。ひいては破滅を意味する。
苦悩の末に恋人ではなく、従者を選んだ。
「ベネディクトの暗殺未遂も、病院襲撃事件も加担した……」
一歩間違えば、ザイデとの全面戦争に発展していた。
病院襲撃事件は、少なからず死者を出した。
そして、シキが拉致されることを黙認した。
「……私は、最低な女だ」
底のない涙が、エクレレの膝を濡らす。
「違う」と、シキは即答した。
青い目には、穏やかな光が揺れている。
「真実を話せない。呵責の念は増すばかり。……つらかっただろ」
抑揚のない声が、エクレレの涙を増幅させた。
「今まで、よく耐えたな」
左手を胸の高さに掲げ、シキは微笑む。
迷うことなく、エクレレは飛びついた。
「ごめんなさい! 本当に、ごめんなさい!」
子供のように泣きじゃくる様子は、豪放で男勝りな女傑ではない。
ただの、一人のか弱い女。
「お前はもう、過去に縛られなくていい」
節くれだったシキの手が、跳ねる背をさする。
「お前は、胸を張って生きろ」
目、腫れるぞ。と笑いつつ、エクレレの涙を拭う。
──この人は、本当に優しい。
無骨な手に華奢な手を重ね、エクレレは瞑目した。
このまま死んでもいい。と思えるほど、安らぎに満ちている。
「いてて……」
右肩を押さえ、シキは顔をしかめた。
エクレレが勢いよく、胸に飛び込んだせいだろう。
「あいつ、お前のことが好きだった」
体を横たえ、シキは天井を見た。
「お前らは、生まれた時から一緒にいた。仲を割った俺はさぞ、憎かっただろうな」
「……そうだろうな」と、エクレレはうつむく。
勇利の慕情に、気づかないふりをしていた。
「死ぬ時までも、お前を思っていた。あいつは──」
ゆっくりを息を吐くと、シキは口を開く。
「『尽忠報国』に生きた男だ」
君主に忠義を尽くし、国のために力を注ぐ。
これ以上に、勇利を形容する言葉はない。
「二人だけの秘密にしたかっただろうが、俺も混ぜてくれ。墓場まで持って行こう」
「……ありがとう」
目を強く瞑り、エクレレは何度も頷く。
「さてと。……俺も、勇利以上に頑張らないとな」
見てろよ。と、シキは不敵に笑った。