2-2.女傑の告解②
「暇を頂くことは可能ですか?」
開口一番、勇利はゆっくりと言った。
「……なぜ?」
書類から顔を上げ、エクレレは従者を見た。
護衛の任務はもちろん、時には日輪人との通訳を務める。
それだけに留まらず、皿洗いに庭木の剪定。
周囲が舌を巻くほど、勇利は仕事中毒だ。
「何かあったのか?」
「いつまでもグロワール家に甘えるのは、愚かだと悟りました」
両手を後ろで組み、勇利は背筋を正す。
「そんなことはない。お前は欠かせない存在だ」
ショートボブをかき上げ、エクレレは首を振った。
「考え直せ」
「できません」
「……そんな理由で、私が納得すると思うか?」
エクレレの中で、対抗心が芽吹く。
「理由を具体的に話せ。理由によっては許可しないこともない」
しかし、権限を縛りつけることに躊躇した。
勇利は視線を落とした。口腔内を甘噛みするのは、迷っている時の癖。
「……ザミルザーニ帝国へ潜入します」
「……は?」と、エクレレの口が半開きになった。
「何を言っている?」
「帝国へ潜入し、両親の死の真相を調べます」
「なぜ、ザミルザーニなんだ?」
半ば立ち上がる形で、エクレレは身を乗り出す。
「両親が死んだ日。犯人を見たんです。……多分、人間じゃない」
「まさか……」
初めて知る真実に、エクレレは開いた口が塞がらない。
しかし、疑う余地はなかった。
怒りを目に宿し、纏う殺気と物々しさから、嘘ではないと察した。
「人間じゃない。とはどういう意味だ?」
瞼を押さえ、エクレレは唸る。
「あれは、気象兵器です」
淡々と告げるも、勇利の声は震えた。
「そんな……」とエクレレは、眉間にしわを刻む。
「ですから、グロワール家が保有している『雷の気象兵器』を借りたいのです」
雷の気象兵器。何百年にも渡り、グロワール家が隠匿し続ける存在。
女帝さえ知らない。見つかれば、躊躇なく欲のために使うだろう。
「ダメだ!」
反射的に、エクレレは声を荒げた。
「お願いします。これは復讐のためじゃない! 世界を救うためです!」
否定を遮り、勇利も退かない。
「仰々しいことを言っていると、重々承知しています。ですが、誰かが止めねばならないのです」
まくし立てるように言うと、膝を落とす。
「やめろ! お前、恥ずかしくないのか!?」
「恥をかこうとも、譲れぬことです!」
勇利の気迫に、エクレレは伸ばしかけた手を止める。
「俺の、一生のお願いです。どうかお聞き入れください」
両手を床につけ、勢いよく額を打ちつけた。
「……わかった。頼むから、顔を上げてくれ」
勇利の肩に触れ、エクレレは首を振った。少しだけ考えたあと、長い息を吐く。
「ただし。お前一人には背負わせない」
「エクレレ様……」
ようやく勇利は顔を上げた。額と鼻の頭が赤い。
「私も協力する」
「ですが──」
「気象兵器を貸す条件だ。断るなら、この話はナシにする」
今度は妥協せず、エクレレは強い口調だ。
その温情が深淵に引きずりこまれる、きっかけとも知らずに。
「……わかりました。ありがとうございます……!」
勇利は再び、頭を下げた。
ゆらりと立ち上がると、苦悶の表情を浮かべた。
まるで、痛みに耐えるように。
右手の合口拵が、左手に持ち替えられた。
「……勇利?」とエクレレは、首をかしげる。
なぜ。と疑問が浮かぶと同時に、互いの目がかち合った。
そこには獣がいた。獲物を捉えたように、瞳孔が開いている。
同時に、エクレレに殺気が届く。
「俺だって、こんなことはしたくない!」
柄に手をかけ、勇利は叫ぶ。
抜刀からの逆袈裟斬りが、エクレレの左頬を裂いた。
尻もちをつき、とっさに頬に手を当てる。絵の具と錯覚してしまうほど、血は赤い。
呆然としていると、さらに右肩が貫かれた。
「あぁっ……!」
体をちぎられるような激痛に、悲痛な声が上がる。
切先が抜かれたあと、血がとめどなく溢れ出す。
「もう、俺の計画は始まっています。……よく聞いてください。『俺は、あなたに恨みがあった』と証言してください」
泣き出しそうな顔で、勇利は呟く。
「そして、エタンセルには絶対に言わないでください」
「……え?」
脈打つ激痛に耐えながら、エクレレは呻いた。
「俺はあいつを利用する。……いや、利用できるものは全て!」
勇利は吠え、鞭のように合口拵を振るう。
悲鳴が上がるたび、血が宙を舞う。窓、壁、天井。あらゆる場所に赤が飛んだ。
「……恨んでいい。……全ては真実のため」
主人が息も絶え絶えになった頃、勇利の唇から血が落ちた。
握られた合口拵は、カタカタと震えている。
「ゆう、り……」
エクレレが、血の海から手を伸ばす。
勇利は金庫を破り、フィラメント電球を取り出した。
踵を返せば、赤い靴跡がだんだんと薄れていく。
遠ざかる足音を聞きながら、エクレレは意識を手放した。