2-1.女傑の告解①
西に、日が傾いた頃──。
一台の高級車が、別荘の前に停まった。
後部座席から、ローヒールが地へ。
マフラーの裾を握りしめ、エクレレは天を仰いだ。
「エクレレさん」と、ディアが出迎えた。
「遅くなってすまない」
「お忙しいのに、ありがとうございます」
「気にしないでくれ。本当なら仕事を放り出して、ここに居たいくらいだ」
大きな商談を終わらせ、休む暇もなく駆けつけたのだ。
コートを脱ぎつつ、エクレレはリビングに顔を出す。
談笑するシュッツェとレーヴェ、アインがいた。互いに、笑顔で会釈を交わす。
シキが目を覚ましたからか、別荘内の雰囲気は明るい。
「ニコラ、リビングで待っていてくれ」
「……エクレレ様」
コートを預かる、ニコラの顔は暗い。
「私は大丈夫」
背筋を正し、エクレレはリビングを出た。
廊下を抜け、寝室の前で立ち止まる。
深呼吸ののちに扉を叩くと、すぐに返事があった。
「よぉ」と、軽い口調が出迎えた。
ベッドのヘッドボードに背を預け、シキは片手を上げた。
肩には包帯がガッチリと巻かれ、動きづらそうだ。
「……元気そうだな」
扉を閉め、エクレレはベッドに寄る。
「三日も眠ってたんだ。……お前の方が心配だ。化粧で誤魔化してるんだろ?」
「失礼な」
苦笑するも、エクレレは否定しない。
事実、クマを隠すためにファンデーションを厚塗りしていた。
かくいうシキも流動食が続いているせいか、一回り小さくなったように見える。
「座って、話がある」
シキは、ベッド脇の丸椅子を指差した。
「……勇利が死んだ」
夕暮れの淡い光が差し込む部屋に、抑揚のない声が上がった。
「……ケラヴノが帰ってきた時、全てを悟った」
エクレレは力なく頷くと、バッグに手を伸ばす。
取り出したのは、ベルベットに包まれたフィラメント電球。
かつて、雷の気象兵器が眠っていた媒体だ。
呼応するように、電球が弱く点滅した。
気象兵器が単体で帰ってくる。それは『器』の死を意味していた。
「……どんな最期だった?」
「満足そうな顔をしてた。『この世に未練はない』って顔。……笑って、俺を見送ってくれた」
「……そうか」
よかった。とエクレレは視線を落とす。
「勇利が黒幕だった。両親の仇を討ち、腐敗したザミルザーニを壊すためだった。……なんで、一人で背負ったんだろうな」
天井を見つめ、シキは呟く。
「俺に教えなかった理由は、答えてくれなかった。『お前にはわからない』って言われた。……でも、今ならわかる」
シキの目に浮かぶのは、圧迫感を覚える光。
喉を鳴らしたエクレレは、組んだ両手に力を込めた。
「お前と秘密を共有したかった。……そうだろ?」
青い目に捉えられれば、逃げることは不可能だ。
「エクレレ。勇利の計画を知っていたな」
「──っ」
その言葉にエクレレの中で保っていた平静が、バランスを崩す。
ズクリ。と何かが心に刺さる。
頭は冴えている。呼吸も乱れてはいない。ただ、燃えるように目頭が熱い。
「いつ、わかった?」
目を充血させ、エクレレは声を震わせた。
「レヒトシュタートに移ってから事態が急変した。勇利との再会に病院での襲撃。俺を拉致した日に、仲間への襲撃。こちらの動きが読まれ過ぎだ。そして──」
言葉を切ると、シキは深く息を吸う。
「勇利が死ぬ間際、伝言を預かった。『自分を責めるな』って」
ついに平静が足場を失う。力尽きたように、エクレレは首を折った。
嗚咽が漏れ、堰を切った涙が溢れ出す。
「……ごめんなさい」
艶のある竹爪が、顔に赤い筋を残した。
豪胆さと高貴さを兼ね備えた女傑が、陥落した瞬間だった。