1-3.目覚め
シキは、意識を取り戻した。目だけを動かし、周囲を探る。
カーテンの隙間から、差し込む光。柔らかな明るさは、朝か夕方の二択。
目は見える、耳も聞こえる。手足がある。
意識をさらに浮上させ、生きていることを再認識した。
「起きたか」
老人の声が、シキを出迎えた。長い銀髪に灰色のローブ。手には古びたT字杖。
「……ネ……ス」
声が出せず、途切れてしまう。どのくらい眠っていたのか。とシキは思った。
「ここは……。現実か?」
「あぁ。お前さん、三日も眠っていた。……『心』で、何かあったようだな?」
人差し指と中指、薬指を立て、アネモスは笑った。
「……両親がいた。……あれは、お前が作った幻影か?」
「そんなわけがあるか。失礼な」と、アネモスは鼻を鳴らす。
まるで、拗ねた子供のよう。
「そんなことをせんでも、お前さんは戻ってくる」
「都合が良すぎるよ。でも──」
ありがとな。とシキは呟いた。
「で、何でここに?」
「褒めてやろうと思ってな。風の真髄に気づいたようだな?」
T字杖のグリップをさすり、アネモスは声を弾ませる。
「俺が気づいたんじゃない。勇利のおかげだ」
「自分で答えを見つけろとは、私は一言も言っていないぞ?」
「ヘリクツ爺さんめ」
毒づくも、シキの口元は緩んでいた。
「口答えができるまでに、元気になったな。……のう、シキよ」
一息ついたあと、アネモスは静かに語り出す。
「自ら望み力を得たとはいえ、申し訳ないことをした。本来であれば、気象兵器の間で解決すべき問題だ」
T字杖のグリップに、視線を落とした。
「だが、弱体化した私にはどうにもならん。お前さんに、役目を押し付けてしまった。本当にすまなかった」
悠久の時を生きる気象兵器にも、いつか終わりは来る。
だからこそ。相応しいと思う者を探し、力を継承させた。
「気にするな。この力がなければ、俺は勇利を恨んだまま生きていた。それに、スニエークを見つけることもなかっただろう」
だから。とシキは続ける。
「……もし、道を違えていたなら。両親の幻影に囚われ、惨めでみすぼらしい人生を送っていたはずさ」
「お前を選んだのは、間違いではなかったらしい。……ありがとう」
感情を抑えるように、アネモスは目を閉じた。
その時、パタパタと廊下を歩く音。
「私は引っ込んでおこう」と、アネモスは光の球体へ。
素早く、シキの胸へ戻った。
同時に、扉が勢いよく開く。鼻歌まじりに入ってきたのはセアリアスだ。
茶色い目と、青い目がかち合う。
口をあんぐりと開け、包帯が入ったカゴを落とした。
「ふふっ」
その顔があまりにも滑稽で、シキから失笑。
「みんな! 大変だ!」
ドタドタと、セアリアスは走り去った。
──騒がしくなる。
安堵に包まれながら、シキは微笑んだ。
※
数分後、別荘の中はお祭り騒ぎだ。
「うぅ、よかったぁ……」
大粒の涙をこぼし、セアリアスは洟をすする。
「きったねぇな」と笑うアウルも、この上なく嬉しそうだ。
一通り揉みくちゃにされたあと、シキはレーヴェを見た。
「あっ、シュッツェの妹さん?」
「はい、レーヴェです。……本当に、ありがとうございます」
奥に控えるレーヴェは、深々と頭を下げた。
「色々あったけど、こうして兄妹が揃っていると嬉しいね」
目を伏せると、シキは感慨深そうに頷く。
「報告書は総司令に送ってある。今は療養に専念して」
「さすがディア。仕事が早い」と、シキは上機嫌だ。
改めて、仲間たちの顔を見た。
「留守にして悪かった。大丈夫だったか?」
「もちろん。留守はしっかり守ったぜ」
親指を立て、アウルは得意げだ。
「で、ここどこ?」
「スマラクト市のエクレレさんの別荘。本宅は、アウルが大暴れしたせいで改装中」
ディアの皮肉に、アウルはそっぽを向く。
「はいはい。全部、俺のせいですよ」
しばらくは、仲間からチクチク言われるだろう。
「エクレレは?」
「さっき連絡した。今日中に来るって」
「そいつはよかった」と、シキは頭を揺らした。
一つ、気がかりなことがあった。見過ごせないほどに、それは大きくなっている。
杞憂を隠し、談笑に混じった。