1-1.突然の衰勢
【ここまでのあらすじ】
ザミルザーニ帝国に連行されたシキは、父を殺した仇──スニエークとの邂逅を果たす。
なんと、彼女は『氷の気象兵器』だった。
仇討ちとシキは勝負を挑むも、極寒の地では敵わない。
万策尽きたその時、スニエークを襲う乱入者。
それは、彼女の腹心であるユーリ(勇利)だった。彼もまた、両親を殺された過去があった。死闘の末、スニエークに痛手を負わせるも、勇利は力尽きる。
『X』=『サイファ』を演じていたこと、クローネ侵略やエクレレを傷つけたのは、仇討ちのためだったと告白。
友の意思を継ぎ、宿願を果たすため、救出に来たヴォルクとともに、シキは帝国から脱出した。
その後、クローネでは──。
円卓を指で叩いては、何度も腕時計を見る。
そのたびに、リーベンスから舌打ちが上がった。
ノックのあと、すぐに扉が開く。
約束の時間から五分後、ヴィリーキィが入室した。
「遅くなり、申し訳ございません」
相変わらず、動作は緩慢だ。
「一体、何があったのですか?」
リーベンスは、骨が軋むほどに拳を固めた。
事前に連絡は受けている。だが、にわかには信じられない内容だ。
「グロムが裏切りました」
「……なぜ?」
「皇帝陛下を狙ったのです」
「……宰相。嘘はおやめ下さい」
椅子に座り、リーベンスは力なく首を振った。
「皇帝陛下は、何年も前に亡くなったと聞いています」
ビエール兵の噂話が、脳裏に蘇る。
「箝口令を敷いても無駄でしたか」
鋭い指摘だが、ヴィリーキィは顔色を変えない。
「今は皇后様が国を治めているとか。……何を隠しているのです?」
「崩御を伝えるにも、適切なタイミングというものがあります」
ヴィリーキィは、深いため息を吐く。
「帝国は今、重大な分岐点にあるのです」
「では、シュッツェの捜索はどうなるのですか?」
帝国の事情など、リーベンスにはどうでもいい。
「現在も、レヒトシュタートに潜伏しています。しかし、亡命政府の主導者として名乗りを上げました。簡単に手出しはできません」
さらに。とヴィリーキィは続けた。
「その上『リオート・ヴォルキィ』の隊員が、レヒトシュタート警察に拘束されました。帝国に対し、女帝は不信感を募らせている。今、下手に動くことはできません」
「……何か、突破口はないのですか?」
すがるように、リーベンスは顔を上げた。
視線を上にずらすと、ヴィリーキィは目を伏せる。ない。という意思表示だろう。
「グロムの裏切りで、全てが狂いました。……彼は予想以上の策士。失うには、あまりにも惜しい逸材でした」
「裏切られたというのに、随分と余裕ですね」
リーベンスの目に、猜疑心の色が差す。
「完膚なきまでにやられると、清々しさを覚えるものです。今日は、これで失礼します」
頭を下げ、ヴィリーキィは踵を返した。
コーヒーを出せばよかったと、リーベンスは後悔した。
見送るために、椅子から立ち上がる。
「では。……これはっ」
ヴィリーキィは、退室と同時に目を見開いた。
目の前には、無数の銃口。カーキ色の詰襟は、紛れもなくビエール兵だ。
「動くな」
バラクラバの下から、くぐもった声が上がった。
引き金に、人差し指がかけられている。いつでも撃てる体勢だ。
「何のつもりかな?」
銃口を前にしようと、ヴィリーキィは動じない。
「あなたを拘束します」
兵士たちの間から、将校が現れた。手には新聞の一面。
『ペンタグラマ宮殿にて、皇后と軍が衝突。皇后は、皇帝陛下の殺害に関与か』
掲げられた記事に、リーベンスは目を剥いた。
「帝国内で内乱? そんなこと、聞いてないぞ!」
「あなたには、関係のないことです」
前を見据えたまま、ヴィリーキィは呟いた。
「皇后派のあなたに、出頭命令が出ています。ご同行願えますか?」
険しい表情とともに、将校は新聞を握り潰した。
「ちょっと待て! クローネはどうするつもりだ!?」
リーベンスの問いに、将校は鼻を鳴らす。
「我々に、クローネを占拠する理由はない。茶番は終わりです」
返ってきたのは、冷ややかな嘲笑。
「連れて行け」
兵士たちが、ヴィリーキィを取り囲む。
リーベンスはただ、その背を見送ることしかできなかった。